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2008年4月号 「煽」

■煽・其の一 構え■

 今回も、吠えてみます。(笑)前回は「斬り」と題して、言いたい放題してみました。「その日暮らし」のご家庭を「こんなことしてたら、だめじゃん」と、ばっさばっさ斬り倒してみました。今回も塾屋らしく(?!)、帰国枠受験という視点から皆さんを煽ってみます。

 さてさて。日本を出るとき、何をお考えになりましたか?お父さんはお仕事のことで頭が一杯だったでしょうし、お母さんは生活の片づけ・立ち上げで手一杯だったことは承知しています。でも、もちろん、お子様の教育に関することもお調べになったはずですよね。まずは現地校のこと。現地での生活が一番不安だったわけで。現地校の仕組みって、海外生活初めて組には「さっぱりワカラン」ものだったでしょ?日本の教育事情とは全く違うシステム。聞くには聞いていたけど、個人個人で対応が違うし。オマケに英語がちょっと苦手だったりすると、もう笑って誤魔化すしかなかったでしょ?

 その次が、問題。アメリカから帰ってきてのことを、どこまでお調べになりました?「何処に帰るか分からなかったから調べなかった」とおっしゃいますか?それとも「家はあるので、この近所の進学については軽くリサーチしておきました」となるか。さらには「帰国枠・編入」のことまでお調べになっていたかどうか。実は、その時点で「きっちり構えたご家庭」と「構えなかったご家庭」で差が付いていたんです。そりゃあそうですよ。準備・覚悟・知識があるご家庭と、行き当たりばったりのご家庭とじゃあ、違いますもの。事実、「構えたご家庭」は色々な点でスムーズにいっただろうし、トラブルがあっても対処が出来たと思われます。「構えなかったご家庭は」は、毎日が戦争だったはず。そんな環境での子供達。日本の勉強と現地校の勉強の両立を強いられるわけでしょ?全然違うじゃないですか。余裕の笑顔を見せてくださるお母様と、今にも噛みつきそうな顔のお母様(失礼!)を比べたら、子供の精神状態は明らかです。もし、仮に、ですよ。そのご家庭のそれぞれの受験生が同じ学校に合格できたとしたら、「それなり」のご家庭の「子供」が茨の道をあるいて、苦行に耐えたんですよ。オイシイ受験の中学受験であっても、例えば男子の某中学など「一般受験と変わらない算数の学力」を要求している。それを見事に身につけた、ってことは、そういうことですよ。高校受験なんて、まさに苦行。優遇措置なんて無いに等しいのですからね。失敗談は世間に出回らないでしょ。「苦労した」とか「希望する学校にはことごとく落とされた」という話はご存じないかも知れませんが、定員数や受験者数から考えれば、海外からの受験者のみんながみんな、有名難関高校に合格するはずがないんです。それを脳天気に「あ、じゃあ俺もアソコ受験してぇ」といわせてしまうお父さん・お母さん、アナタは酷です。だってそうでしょ?三教科偏差値40そこそこで、英語の力も偏差値60行かず。その状態で「現地校の勉強を優先させなさい」「がんばれば日本の有名難関校も突破できる」と刷り込んじゃったんだから。「ボクは、ワタシは、頑張っているから救ってもらえるんだ」って、夢を見させ過ぎちゃったんだから。努力しているなら別。苦行に耐えたのなら別。でも、こういう「夢見くん・夢見さん」に限って、努力は苦手。苦行なんて言葉は空の彼方。そんな生徒、どの学校が欲しがるんですか?それなのに、お子さんに思わせてしまった。「言わせるだけ言わせておけ」と放任してしまった。その責任は、誰が取るんですか?

 なぜ、準備させなかったのか。用意しなかったのか。覚悟しなかったのか。構えておかなかったのか。目の前に迫ってきて、慌てて間に合うだけの余力が残っている子供であれば、何とでも出来ます。そうでなければ、子供達を潰してしまう。またひとり、犠牲者を増やしてしまうことになるのです。  

■煽・其の二 遊び■

 遊びといっても「観光」とか「テレビゲーム」のことではありません。念のため。車のハンドルの、あの「遊び」です。計画に対する「余裕度」です。

 計画云々といえども、キチキチなものは不可能。それは分かっています。でも、最近の傾向として、どうやら余りにも「遊び」が大きすぎて、あっちへ「フラフラ」、こっちへ「フラフラ」というご家庭が多い気がします。2週間前の話と、正反対の方向で話をされていたりする。「それじゃあ現地校中心主義でと決めましたので、塾のことは二の次にしますから」とおっしゃっていたのに、今週は「現地校の宿題は私がやっています。そろそろ志望校決定を含めて、面談をお願いします」なんておっしゃる。こういう「軸がぶれ続けているご家庭」の受験は、まず成功しません。子供は、たいてい「振り回されて」います。というか。。。じつは子供はその状況に慣れてしまっている場合が多い。「毎度のこと」であるがために、多くの場合、子供はやる気を無くして「どろーん」としている場合がある。「ああ、どうせやったって、また違うこと言い出すんだろ?やったって、無駄無駄」という冷めた目で見ています。この状態で塾に通わせても成績向上はあり得ません。教えたことも吸収しようとはしないし、危機感も持てない。悪循環です。

 遊びの幅はご家庭によって、子供の許容度によって違います。でも、私は「ちょっときつめ」が良いと思っています。親も子も、ちょっときつめに慣れていき、徐々にきつさを増していく。マゾヒスティックに聞こえるかも知れませんが、塾で伸びる生徒はたいてい、このパターンです。このことは、日本国内であっても、海外にいる子供達であっても、変わらないと思います。そう、感じています。延長授業やプリントの山、居残りや呼び出し。私たちは生徒を叩き上げていくことが仕事ですから、集まってくる生徒達には「がんばれ、がんばれ」とお尻を叩きます。このときに「ぎゃああ」と悲鳴を上げながらも「もっともっと」と私たちに付いてくる生徒こそが、一気に偏差値を変えられる子供です。彼らには「遊び」がラクラクと感じられるほどありません。あるわけがありません。口を開けば「きついよぉ」とは言います。でも、きっちりやってきます。「今週は現地校が忙しくて出来ませんでした」などとは、口が裂けても言いません。やろうと思えば出来る量であることは、彼ら自身も分かっているからです。

 遊びの量、もう一度見てください。遊びすぎていませんか?  

■煽・其の三 迷い■

 「勉強ばかりが学校じゃない」。はいはい。一昔前、学校が言い訳していました。「学校は社会性も身につけるべき所であり。。云々」って。でも、学校って字のごとく「学ぶところ」じゃあ、ないんでしょうか?最近は塾も「躾も含む全人教育」なんてキャッチコピーを掲げるところがあるようです。塾が「付加価値」ばっかりに走ってどうするんでしょ?

 本文は?本来あるべきものを二の次にして、二番目の物が一番であるかのごとく諭す。小論文なら「論旨のすり替え」。学校や塾は学ぶ場所です。(本来、補習校だって同じこと。補習校は塾と同じものです。本当は決して学校ではないのです。)塾など、学校よりも「成績向上してナンボ」のものです。楽しいからとか、勉強以外の「付加価値」だけを目的に通うべきものじゃないはずです。グリコのオマケじゃないんだから。オマケだけを目当てに、スナック菓子を捨てちゃあ世間的に問題になるでしょ。(この事件の記憶があるお父さん・お母さんがいらっしゃると信じて。。。笑)

 そうなると、です。もっともらしく「勉強ばかりしていないで、もっと海外生活を楽しまなきゃ」「帰国枠を使えば合格できるのよ」「むしろ現地校の成績をしっかり取っていれば日本への進学など余裕」などなど、「迷い」のきっかけをつくってくださる「決め台詞」があるわけで。既に「よし!我が家は、こっちの路線で行くんだ!」と決めたことにたいして、「え?!」と立ち止まらせてくれるような情報を振りまいてくださる。ああ、悩みが増えてしまう!と思いきや、実は皆さんがwebサーチをしても、同じ目にあうわけです。面談をしても「調べれば調べるほど、答えの数が増えるんです。先生、どれが正しいでしょうか?」なんて具合です。で、私なんて意地悪ですから、そのときは「じゃあ、お母さん、こんなのもありますよ」なんて、更に選択肢を増やしちゃう。(いひひ)

 これは設計図、つまり進路設計が出来てないからこそ起こる現象です。当然でしょ。情報があふれかえる時代です。世間は2ちゃんです。聞きたくもないことが否応なしに耳に入ってきます。それを「はいはい、そうですか」と聞き流すことが出来るのは、「うちはうち、人は人」とできる家庭。それしかありません。我が家にとって大事なものは何か。それを守るだけです。海外生活・経験が大事で、進路は二の次と思うなら、それはそれで良い。あれもこれも、と欲張るのも良いです。それぞれのご家庭の「軸」にあわせた「動き方」があるわけで、欲張りなら欲張りで動けば良いだけです。ただし、欲張った場合、子供達が耐えきれるかが問題。かつて見られた海外生のように「海外生は根性あるヤツが多いからね!」という状態になれる子供なら、なんだってOK。でも、「打たれ弱いんです」ということでは、欲張りは、「即、自滅」となります。小5や中2あたりで「崩壊」しますからね。本当に。勉強以前の問題を抱えますよ。

 ということは、迷わないための唯一の方法は何か、ということが気になるわけです。答えは簡単。まず「子供を観察すること」です。性格や成績は勿論のこと、趣味や将来の夢も、ね。その上で、お子様の「許容量」は何処まであるのか、正確に判断してください。親の基準ではなく、彼らの視線に降りて、判断してください。そこからならば、「やりたいこと」「迷っても良いこと」が見えるはずです。決して、子供を見下ろしながら迷ってはイケナイということです。  

■煽・其の四 妬み■

 嫌な言葉ですね。でも、知らないウチに「妬みもどき」のオーラを発していることは無いですか?「うらやましいなあ」ってかんじで。「うらやましいなあ」と思っていただけのことが、やがて「妬み」に豹変することもあります。「○○くんは頑張っているなあ。凄いなあ。」と素直に思っていた。○○君は前評判通り、帰国枠も使わず一般受験で有名難関校へ進学。「凄いなあ」と思っていただけのはずが、いつの間にか「よおし、うちの子も頑張らせるぞ!」って豹変。色々考えた上での流れなら分かるんだけど、こういうご家庭の多くは進路設計図も成しに、我が子の成績も許容量も考えず、鞭を振り上げ、目標・目的もないまま爆走させることが多く見受けられます。子供にとっては迷惑でしかありません。

 「NYは良いわね。塾が選べるもの。ここじゃあ選択肢が無いじゃない」これも「妬み」の一つでしょ?でもそれって、「日本食料品店も日本語放送もあって!」というのと変わらない。しかも、その「妬み」は間違ってますもの。

 選択肢は作り出すものです。用意されているものではありません。少なくとも海外生活においては、ご家庭ごとに作り出すものです。さまざまな組み合わせから、ご家庭ごとに目指すもの・優先順位から作り出されます。そりゃあそうでしょ。例えば日本語放送なんて今の時代にはロケフリだって、youtubeだって、もちろんDVD送ってもらうことだってできますもの。食料品だってネットショップがあるでしょ。文明の利器によって、様々なことが可能になっています。しかも昔と違って迅速。それを選択肢に入れたら、どこにいても変わらない。勉強に関することだって同じです。塾だって海外に進出している。FAX塾がネット塾に進化している。受験情報はeメールという方法で、ご家庭と学校とが直結された。電話なんて隣町にかけるような音声で使えちゃう。必要だと思えば、選択肢は作れてしまうんです。結局それは、「先を見越した今」を作ろうとしているか、否かということだけなのです。ご自分から動かずに、ただ与えてもらうことを待っているだけ。海外で、いろんな意味でサバイバルするためには、受け身でいたら成功しません。

 それでもまだ「いいなあ」って、おっしゃいますか?  

■煽・其の五 煽り■

 だから、です。私たちは警告を発し続けます。「勉強に早すぎるスタートはありません」「帰国枠は簡単などという根も葉もない噂を信じないでください」「客観的な成績を見ずして『大丈夫』と簡単に言う指導者にはついていってはいけません!」などなど、と。だって、いまだに「補習校は義務教育なんでしょう?」「英語の成績さえ良かったら、有名難関校に受かるんでしょう?」とおっしゃるご家庭があるんですもの。情報収集されていても、それでは警告を発し続けないと、まだ犠牲者(子供達)が増え続けてしまう。

 噂では「enaは出来ない生徒は無視する」というそうです。あはは。笑っちゃいますね。じゃあ、今年の受験生で偏差値38から有名難関高校を総ナメしたアイツ達は、どうなるんですか?その噂の発信源。考えられますよ。それは「宿題もロクにやってこない、口ばかりの生徒」だったんでしょうね。私たちに辞めさせられた!って逆恨みしていらっしゃるご家庭かもしれません。でもね。私たちにはポリシーがあります。生徒の志望校合格。そして生徒の成績向上。これを実現することが、まず、塾の存在意義です。私たちは「頑張る子」を応援したいんです。ちょっと出来なくても、必死に頑張る子は全力で応援します。一生懸命、進路設計のお手伝いをします。ただ、それだけです。

 いつのまにか「いいわけ」しか出来なくなった子供がいます。
 やれる時間・能力があるのに、誤魔化そうとする子供がいます。
 辛いことからは逃げ出す習慣が身に付いてしまった子供がいます。
 噂を刷り込まれて「兎に角英語の力だけを身につければ良いんだ」と信じ込んだ子供もいます。
 英語の力とは何を指すのか紗英も分からず、自分の思うことを書き並べるだけで、新しい知識を入れようとしない子供がいます。
 「ボクはボクなりに努力したんだ。なんで努力したことを評価してくれないんだ!」と叫ぶ、偏差値30の子供がいます。
 日本語もおかしくなって、かといって英語も決して完璧ではなく、何処へ行っても何をしても中途半端な状態になって自信を失っている子供がいます。
 「がんばっても無理だって、親に言われているから」と意気消沈している子供がいます。
 「塾で習った方法じゃなくて、親に教わったやり方でやります」と、何のために塾に来ているのかさえも分からなくなった子供もいます。
 ゴミが落ちていても拾えない、友達に平気で「死ね」という言葉を使ってしまう、公共の物を壊しても「私がやったんじゃない」と逃げ・嘘を付いて誤魔化し、「そうやって、いつもボクが悪者なんだ!」と逆ギレし、「みんなボクの親に言うんでしょ!」とヒステリックになってしまう子供もいます。

 塾に来れば、上記のような子供にはなりません、とは言いません。ただ、よく見ると、これらは「正々堂々とやるべき事をやって、きちんと成績をとっていく、または、それを目指して日々努力を重ねていく姿勢」が身に付きさえすれば、解決できそうなことだと思われます。

 やっぱり、既に犠牲者になってしまったんです。こういう子供達は。これは、私たちも含め、周りの大人達の犠牲となったわけです。一刻も早く、変えてあげたい。

 そうは、思われませんか?

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