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2003年8月号 「親が小学生の勉強を見るとき。その考え方と方法を押さえよう!」

■5月号からの続き■

■予習は本当に難しい■

 家庭学習において、予習は最も難しいテーマです。よく言われるのは「予習とは次の授業でやるところに予め目を通しておく」というものです。「目を通しておく」とは、どのレベルまででしょうか。「次に勉強することはどんなことかなあ?」とページをめくるだけでは何の学習効果も期待できません。その程度のことを予習とは言えません。テキストを見るだけで、その単元で必要とされる知識が何であるか把握できるのでしょうか?「こんなことをやるのかあ」「じゃあ、こういった知識が必要になるはずだから練習しておこう」と次の授業が把握できる力があれば、参考書を元に自学で成績を向上させることが可能です。
 たいていの場合、パラパラとページをめくって「難しそうだなあ」と思うだけで授業の準備にもなっていません。気分でやったりやらなかったりしています。まるきり受験向きではありません。
 いわゆる普通の学力の生徒や多くの小中学生には、予習による学習効果を期待できないと私は考えます。自分の力だけで理解していくということは、彼らにとって相当難しいからです。例題を使って試行錯誤していくという方法は、現代っ子には受け入れてもらえないことが多いようです。受け身型の学習態度が完全に定着しているとでもいいましょうか。途中の思考過程が書かれていたとしても、そこに「なぜ?」「どうして?」「なるほど」「おぼえてしまおう」という流れを見いだせないでいます。正確に言えば、手取り足取り導いてあげると可能なのですが、自らの力だけでは無理ということなのです。
 それでは、予習はしなくて良いのでしょうか?少なくとも私は、算数には必要ないと考えています。予習に使う時間があるのであれば、復習して欲しいと考えています。その他の教科においては、やり方次第だと思います。
 予習は「その教科を嫌いにならないようにするための一つの方法」という感覚にとどめておくべきです。予習はじっくり取り組み積み上げていく復習とは学習効果が違います。「予習らしきこと」である方法の『どんな話になっていくのかな』という姿勢でテキストをペラペラとめくるということは、授業に参加したときに話が分かりやすいようにという目的のためです。よって理解力がある生徒や頭の回転の速い生徒であれば、この予習方法をしてもしなくても、結果に差がありません。結局、こうしたことを予習と称して励んでいるケースは、ペラペラと読んでみたことで安心感が持てたに過ぎないわけです。しかも多くの場合は偽物の安心感だったりします。本文がわかりやすくなったとしても、設問に直接つながるとは限りません。ストーリーは分かっても問題に答えられないということがあるわけです。しかも単なる安心感を求めるだけの予習ですから長続きしません。現地校の宿題に追われるようになったりすると「時間がない」ということで、予習には手が回らなくなるという傾向が見られます。また、中学受験で扱う内容であれば、非常に(非情にという場合もあります!)高度で独りではやり切れないということもあります。特に算数に多く見られます。
 以上の観点から、まずは理科や社会または英語という『暗記中心の教科』においては、やり方によって予習が学習効果を生むことが考えられると思います。理科や社会などのテキストには「まとめのページ」があります。このページなどは丸暗記するだけで、本編の中身を考えるときに効果的です。前もってこのページ内容を覚えておく。こうすることで流れは確実になり、設問に対してもピントがずれることも少ないと考えられるわけです。算数の九九と同じように、まずは覚えてしまう。そしてそれを道具として使いこなしていくという具合です。
 よく「丸暗記はダメ。お話をじっくりと聞いて考える力を。」とお説教する指導者がいますが、その考え方自体もその指導者も中学入試には不向きです。知識という土台がなければ応用力という柱は立てられません。漢字が一文字も読めないのに、長文読解をこなすことはできません。単語だけ知っていても特殊構文や熟語の言い回しで誤訳になることなどたくさんあり得るわけです。
 余談ですが、最近の子供達は漢字一つ覚えるのに「見て」覚えようとします。書いて、書いて、手で覚えていくということを避ける傾向があります。面倒なことは敬遠する傾向があります。だから逆に、中学入試の問題で丁寧な処理をさせる問題などが流行るわけです。そこでまずは「地道にきちんと体で覚える」という学習態度を身につけさせることを「予習」を通じて身につけていきたいわけです。
 入試の要である算数はどうかといえば、相当の覚悟が必要です。例えば、お母さんがテキストに目を通し、どんな計算力や基礎知識を必要とするのか見抜く力があれば、それをもとに予習していくという方法があり得ます。具体的に考えてみましょう。例えば来週以降に扇形の弧の長さや扇形の面積を習うとします。この単元を完全理解するためには、まず「小数の計算」「分数の計算」「小数と分数の混合計算」「約分」「□を使った逆算」がバッチリ身に付いているかどうかです。そして予習として、計算ドリルを使ってこれらの学習内容を一通りこなしておくというわけです。結局、学習内容自体は復習に属するわけですが、これから習うことに対しては予習となっているわけです。算数などの積み重ねが必要・重要である教科であれば、予習にはこうした「単元理解のための必要知識」を見破る「教科分析力」が必要とされ、その分析結果をもとに「処理速度向上のための訓練」をさせるわけです。結局計算練習が中心になっているというわけです。 ご家庭でこうした分析ができないのであれば、予習には手を出さない方が無難なのです。(だからenaでは復習に力を入れて欲しいとお願いしています)
 是非、予習は「テキストの前倒しではない」ということを分かってください。先取りすればいいということでは決してありません。いかに深く考え、理解し、身につけるかということが大切なのです。  

■宿題って、どうするの?■

 良い宿題と悪い宿題の見分け方をお話ししておきましょう。1つは「こなすに値する宿題」です。こなしていくことで実力が付いていく宿題とでもいいましょうか。この宿題の中身をよく見てみると、そこには漢字練習や計算練習、復習や予習が織り込まれているのです。理想は、こういう宿題を出してくれる指導者に巡り会うことです。宿題をやるだけで、その他の家庭学習が必要ないというのは親の負担が最も少なくて済みます。
 もう一つの宿題は「やるに値しない宿題」です。例えば成績向上を念頭に入れていない指導者が出す宿題の多くは『親が宿題を望むから出した』程度のものが多いのです。当然、このような宿題は受験を念頭に置いたものとはかけ離れています。絶対的な努力を見るためのものであり、相対的学力を向上させるためのものではありません。指導者の自己満足のためのものであったりもするわけです。この傾向は特に低学年の授業で多く見られます。この手の宿題は、やってもやらなくても成績向上には影響しません。中学受験を意識してという前提であれば、時間の無駄遣いとも言えてしまうのです。
 その他、授業でやりきれなかったことが宿題になるケースもあります。これは指導者の力量不足で宿題になる場合と、子供の理解力が足りない場合とが考えられます。いずれにせよ、スケジュールを維持するための宿題といえますが、その場合、習っていないことが宿題の中に含まれてしまう可能性があります。これが問題です。こうした宿題の場合、子供の力だけでは宿題ができません。そうなると、できなくて当たり前の宿題だから、分からないと頻繁に質問に来る子供を攻めてはいけないし、できが悪い・飲み込みが悪いと思う必要もないのです。これらは「やるに値しない宿題」なのです。計画的に作られた宿題であれば、分からないということは少ないはずなのです。家庭はこうした「良い宿題と悪い宿題」を見分けなければなりません。それによって子供に見合う学習方法を見極めてあげなければなりません。宿題は、子供の学力をはかるバロメーターだけではなく、塾などの品質を管理するメーターでもあるわけです。しっかり目を通してあげましょう。ただし、教えすぎは禁物です。これは後述します。  

■親が教える勉強とは何でしょう?■

 まず第一のポイントは『感情的にならないで』ということです。「何でこんなことも分からないんだ」という発想は禁物です。本当に分かっていないのか?単に諦めているだけなのか?どこから分かっていないのか?逆に、どの程度分かっているのか?そういったことを分析しながら冷静に接するべきです。感情的に教えると、子供は離れていきます。宿題そのものに嫌悪感を抱き、勉強嫌いのきっかけになります。子供の性格が「負けず嫌い」であれば感情的になっても食らいついてくることがあり得ますが、近年、そういう子供は減っています。
 二つ目のポイントは「教えすぎないこと」です。現地校に適応するために、それこそ家族が一丸となって頑張ったかと思います。それと混同してしまわないでください。決して手伝いすぎないで下さい。子供達は何でも教えてくれるお父さん・お母さんに頼りっきりで、自分ではいっさい考えなくなることもあり得ます。ちょっと手強い問題になると、すぐに「分からなかった」と聞きに来る子供は要注意です。ここですべてを教えてしまうのではなく、3段階位のヒントを与えながら、あくまでも子供本人に考えさせることを重視しなければなりません。実際、このさじ加減が一番難しいと思います。
 これらのコントロールに自信がないというご家庭は、他人(つまり補助教育機関のこと)を利用した方が得策ということになってしまいます。
 さて肝心な中学受験を意識した場合を考えてみます。まず、帰国枠中学受験の場合は入試選抜方法が多岐にわたるため、準備も様々です。まず、希望する学校が、どういった選抜方法をしているのか、そのレベルがどの程度のものなのかを調べることから始めて下さい。この設定をせずに、闇雲に勉強を初めても子供に負担をかけるだけで入試対応にはなっていません。
 学力を重視する選抜を行う学校を受験する場合は、海外であっても、日本国内であっても注意点は同じです。まず、中学受験では、カリキュラムの進み方が速いものだということを常に念頭におくことが大切です。もっといえば、そうしたカリキュラムに翻弄され「過ぎない」ことも大切です。往々にしてありがちなのが、テキストを隅から隅まで丸ごと覚えさせようとすることです。しかし、中学受験の内容は小学生には多すぎるといわれていますから、全部把握できなくて当たり前だし、把握できないからといって受験が無理でもないのです。
 日々の学習で大切なことは『計算と漢字』だということも忘れてはいけません。こうした地道な努力を適当にする子供は、詰めが甘くそれ故最後で失点を繰り返します。シラバス面から考えても、一般的な塾で小学校の全範囲が終わるのが6年生の夏頃ですから、それ以前に完全である必要は必ずしもないのです。一般的には夏期講習で総復習をして、秋以降の半年で抜けているところをやり直したり、入試頻出内容を細かく丁寧に見直して、反復練習していく仕組みになっているはずです。それ故、小6の夏以前に細かいところを気にして全部を覚えようと考える必要はないのです。逆に、「細かい部分のやり直し」をする時期に、時間の取られる計算や漢字をしていたのでは物理的な勉強時間が足りなくなる恐れがあります。6年生の秋以降には『計算は速くて正確が当たり前』というような状況でいて欲しいものです。これを実現させるためには、小4あたりから訓練を続けていくしか方法がありません。  

■親が教える算数のコツ■

 「算数」の指導というのはとても難しいものです。数学ではありません。あくまでも算数(算術といった方が的確かもしれません)なのです。中学受験の経験のないお母さんには意味不明な教え方に思えるかもしれません。「何故、そんな面倒な方法で解くの?」そう思われることが多々あります。しかし、中学受験で使う解法は子供の思考にあわせた合理的な指導方法である場合が多いのです。
 一般的にいわれることですが、最もやってはいけないことが、方程式を教えてしまうことです。理由は様々ありますが、一つ例を挙げるならば、車に乗り慣れてしまうと歩かなくなることと同じだということです。方程式の方が簡単なのです。簡単だからこそ、方程式を覚えると、自分で工夫するという心が育たなくなります。これが最も弊害が大きくなります。
 もっとも、受験直前には方程式を教える塾もあります。ただ、途中の式まで採点の対象となるような学校を受験する場合には、よほどしっかり教えておかないと化けの皮がはがれてしまいます。
 これらのことから、家庭で算数を教えるときのコツは第一に入試までのカリキュラム・シラバスを把握することです。さらに現在子供は何をどこまで知っているのかを常に把握しておくことです。そして、そのことを土台に「子供が習ってきた方法で教える」ということになります。授業ノートで解法を確認して下さい。テキスト通りの解法で行っていることもあるでしょうし、テキストとは違う解法で教えている場合もあります。  

■親子学習のポイント■

 親に中学受験の経験がなければ、中学入試用の問題を教えることは難しいかもしれません。もし受験経験がおありでないならば、あまり気張らず、塾に任せる方針をとった方が良いかもしれません。
 次に、兄弟を比較した言い方で子供に接するのは止めましょう。特に上の子供が優秀だった場合、つい上の子供と下の子供を比較してしまいがちです。これは絶対に良くない。勉強の進み具合というものは、発育の違いに似ているといわれます。生まれてから歩き始める時期も違えば、話し始める時期も違います。勉強のスタイルも違って当たり前です。それぞれのやり方を大切にしてあげることが重要です。
 親の子供時代と比較するのも、十分に気を付けて下さい。まず現代の教育事情を十分に研究された上でご家庭の基準を作って下さい。闇雲に我が家のやり方を子供に押しつけても、現代では通用しないということもあり得ます。そうなると子供は板挟みになり、親や塾に不安感を持ちます。最悪の場合、子供自身の都合の良い方を気分によって支持するという姿勢が生まれます。こうなると成績向上は非常に難しくなります。ご夫婦間はもちろん、塾などとも情報の共有化を図りましょう。場合によっては塾と親とが口裏を合わせることも必要でしょう。
 海外生活が子供達にストレスを与えることがあります。普通、ストレスがたまるほど学習効果が下がります。このことを無視して勉強させているご家庭も多いように思われます。無理強いしても学習効果は望めません。日本の勉強も現地校の勉強も120%頑張ると口では言う生徒であっても、実際は破綻を来しているということが多々見られます。こうした生徒は「どちらも中途半端」ということになりがちです。
 全く逆のパターンもありえます。現地校や塾が子供達のストレス解消の場になっている場合です。こうなると成績向上を望む方が無理というものです。本人が楽しいというので放任していたというケースに多々見られます。一度落ちた学力を引き上げるのには相当な時間・労力がかかります。子供の顔にストレスを感じたら、早めに解消する手段を考えて下さい。

 

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