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2006年8月号 「保護者面談の声から」その3 怠け者に告ぐ?!

■怠け者に告ぐ!■

 毎年5月に保護者面談週間を設けています。6月号から、今年の春の保護者面談で気が付いたこと・思ったことや感じたことを書いています。  

■やる気もあるが実行できない■

 『塾に入る前は「がんばるよ!」と張り切っていたんです。でも、初日の授業から撃沈。だいたい、勉強以前の問題が山積みだった我が子。決まりが守れない。机に向かえない。忘れ物は多い。ひょっとして何かの病気なのだろうかと思うこともありました。

 現地校からも、保護者呼び出しがあったばかりです。親子共々怒られてばっかり。現地校の成績は本当に情けないほどヒドイです。塾の模擬試験も、ご存じの通り。だいたい英語もまだ完全ではありませんし、取り柄らしい取り柄もない子です。

 でも、本人もこのままではいけないと思っているようなんです。そういうものの集中力がなく、決めたことができないのです。端から見ると腹立たしいったらありゃしません。本人なりに計画をたてているみたいですが、いつも計画倒れ。塾の「勉強マニュアル」拝見しましたが、子どもは「それはボクのやり方ではない」と、その方法に従いません。「それじゃあ塾は辞めたら?」といえば、「それでは合格できない」といいます。何につけても矛盾しています。

 最近は親を超えたいのでしょうか、特に母親の私には反抗の嵐です。こんな子ですが、小さいころは実は神童のように言われていたのです。根は優しい、とても素直な子なんです。

 こうなってしまったのは、アメリカに来たことが原因なのかしら。渡米最初の1年は適応に苦労して、日本の勉強など全くしませんでした。成績って、上げるのはあんなに時間がかかるのに、落ちるのは見事に早いんですね。油断していました。

 小さい頃は大抵のことはスルスルとできたので、苦労はするだろうけど取り戻せるだろうと高をくくっていました。しかし、5年生になったあたりから本格的にマズイ状態になりました。当時のことを本人に聞けば、やればできるくらいに思っていたようです。私は「このままじゃ、まずいな」とは思っていましたが、まだ取り返せるだろうと期待していたんです。

 このころから、私の危機感と息子の自覚の無さにズレが生じ親子関係に亀裂が生じ始めました。家庭教師を頼んだり、通信教育をしたりしてはいたのですが、どれも成績向上には繋がりませんでした。

 「現地校の勉強もあるし、日本の勉強もあるし、大変だ」というのが口癖になり、「二重苦はアメリカに来てしまったことにある」とも言うようになりました。優秀なお子さんが多いこの地域で、取り残されている気分がします。

 「やる気もあるが実行できない、どうしてか自分でもわからない」という子どもに、どう対処して良いのかをアドバイスいただけたら幸いです。』  

 

 親であれば、「何か病なのだろうか?」と心配になる気持ちも理解できます。一方、「単なる子どもの甘えでしょ!」と思われたご家庭もいらっしゃるのではないでしょうか。同じ事態が起きた場合、子どもに強い信念と態度をもって対応できているご家庭であれば、「甘えだ」と断言できることではないかと思います。確かに、メールを読んでみると、子どものペースに振り回されているお母様の姿が想像できます。このご家庭のお子さんが、勉強はできないが自分の好きなことは熱心にやるということであれば、甘えていると断言されても当然です。

 このお母様に対しての私の返答は「厳しく接するべき」でした。ただ、現実には、「厳しい対応」ができるご家庭は希です。10年以上前なら一喝してお終いだったものが、「そんなこといっても。。。」と戸惑うお母様もお見受けするようになりました。親子関係が難しい時代になってきたのでしょうか。親が子どもに厳しく接することが出来ない、というケースも見られる時代になってきたということでしょうか。

 今回のお話の中に、何人の登場人物がいたか分かりますか?実は3人の登場人物がいます。お母さんはお子さんのことを「自分の子ども」とは思ってはいません。ここに、他の人には見えないお母さんにとっての「本当の子ども」が、もう1人存在しているわけです。「この子は、こんなハズはない!」「バカな子どもじゃないと思う」などとして、目の前の子は「偽りの姿」と親が解釈するのは、よくあることです。このご家庭のケースは、それが加速しているということです。加速?そんなにイケナイレベルまで達しているようには感じませんか?マズイ方向に流れつつあるという証拠は、これです。『子ども自身も本当の自分は別にいると思っている』ということ。これが問題です。つまり、親子共に「本当の自分(子ども)」が別にいる、つまり「現実逃避している」ということです。「やる気はあるけど、できない」→「本当の自分は、やる気がある」→「ここにいるのは、実行できないダメな人」→「でも、この人は偽者だから他人事」→「文句はあるけど所詮他人事だし、いっかぁ」と解決しているわけです。

 子どもだけが現実逃避をしているならば、親が「何バカなこと言ってんの!」と頭をコツンしてオシマイの話かもしれません。でも、親が原因であり、そして親に引きずられて子どもも現実逃避しているという場合、簡単な解決は望めません。もしかすると本来は精神科のお医者様に通うところから始めることなのかも知れません。

 受験屋としての分析を始めてみましょう。そもそも、ここへ行き着いた原因は何だったか。現実を逃避してしまう原因は何か。「小さいころは実は神童のように言われ」といった「過去の体験」が筆頭にあげられます。「神童と言われた体験」が悪いわけではありません。幼児教育において人から褒められることは学習効果があると書きました。問題なのは、『成績は下降したのに、親が、虚像を見続けている』ということにあります。親の姿勢が問題だと思うのです。子どもは親の背中を見ます。親の言葉を鵜呑みにします。ましてや海外であれば、親は子どもにとって絶対的な存在です。親が「あの先生はダメね」と子どもの前で言ってしまったら、子どもは決してその先生の指示には従いません。親の「偽物だから仕方がない」という態度がある以上、子どもが現実逃避するのも自然なこと。これを改善せずして、子どもの姿勢改善はあり得ないと思われます。

 市販の教育書を見ると、「過去の実績は、子どもにプラスになる」と言われ、思われています。「少し簡単な問題だけど、それをやらせて『やれば出来る!』と自信を付けさせてやりたいんです」とお考えになるご家庭も少なくありません。半分は事実です。でも、半分は間違っています。実績から得た「自信」や「誇り(プライド)」は、勉強への取り組みの一番の原動力です。しかし、大切なのは、『努力で得た実績』であるかどうか、ということなのです。「明らかに簡単すぎる、誰にでも出来るような問題で100点を取らせること」は「まやかし」でしかありません。「まやかし」で身に付いた自信では意味がありません。寧ろ害があります。子ども自身が頑張った「証」として手にした成果である必要があるわけです。よって塾としては、「簡単な問題を解かせて、その気にさせて」という作戦は、お勧めはしていないのです。その作戦で成功した生徒もいません。

 現実から目を背けない。親子共々、目の前にあるものが事実であると認識すること。今の姿、今の結果こそが、今の力なんだということを、まず親が認識することが大切です。「昔は。。。」「本当は。。。」という逃避を止めましょう。子どもに「今の姿」を納得させる。この作業は親にとっては一番大変で、しんどい作業になるでしょう。しかし、これを無くして、成績向上はあり得ません。それができれば、いつも言っている通り、「趣味は、勉強のあと」などと決まりをつくり、今の力より少し上の「目標」を親子一緒に目指すのです。最初は、お子さんもかなり違和感があるはずです。抵抗もあるでしょう。

 成績が低下してから、すでに年数も経っていますから、苦労もあるでしょう。でも、子どもは順応する力を持っています。大人から見ると過労死しちゃうかも!?と思うくらいのハードスケジュールでも、目標・目的・やる気などがあると、ゲーム感覚で取り組んでいきます。思ったときがスタートです。時間をかけながらでも、頑張っていきましょう!「困難に背を向けてしまう、人間としても心配なタイプ」になるかどうかは、結局は親の根気次第というわけです。  

 

■怠け者なのです?!■

 『先生、聞いてください。うちの子のこと、分かりました。結局、怠け者なんです。

 こっちでの生活が長くなるだろうと、当初から予測していましたから、日本語も一生懸命教えてきました。現地校の宿題なども、私が一生懸命手伝ってきました。でも、いつも「私」ばかりが空回り。当の本人は「やってもらってラッキー」ぐらいにしか、思っていないのです。先生からは小5あたりで自学・自習をとお話がありましたけど、トンデモナイ!全く出来ていません。

 つい先日も、現地校から呼び出されて「もっと勉強させてください」って怒られちゃいました。だいたい、宿題は隠すし、提出しないし、プロジェクトもやらないし、テストがあることも隠すし。。。困り果てて居るんです。塾でも同じでしょうから、想像つきますよね?

 別に反抗期でこうなったわけじゃないんです。拗ねている子どもじゃ無いんです。だから尚更困るんです。仕方ないので、現地校の先生には時々Emailして、現地校での様子を聞くようにしています。塾からは「あゆみ」があるので、それを元に今やるべきことを考えています。小テストの成績も、毎週やっているはずなのに「やっていない」とか平気で言うことがありました。トンデモナイ点数のテストが、ビリビリに破かれて、塾バッグの奥底から出てきたことがあります。

 やれば出来る子どもだとは思うのです。現地校にしても塾にしても、私が宿題をやらせてテスト勉強をした時だけは、それなりの成績をとってくるのです。でも先生。そろそろ私、この生活から脱却したいんです。誰のための勉強なのか、分からないでしょ?先生のおっしゃる自学・自習に、何とか導きたいんです。

 先生からの「あゆみ」でお叱りを受けたときは、父親も怒鳴りつけますからそれなりにします。父親からの雷は、まだ怖いようで、その時は泣いて「頑張る」と言うのですが、3日と続きません。どうしたら良いでしょう?』

 

 海外では、お父さん先生・お母さん先生が活躍されています。海外校舎の多くでは、日本のように、自転車で塾に行き、夜遅くまで残って勉強させるというわけには行きません。安全管理の感覚が、かけ離れています。日本人が多く住む、全米でも非常に安全なところ、といっても所詮アメリカです。何かが起きてからでは遅い。よって、自宅学習の大切さが説かれるわけです。塾などの補助教育機関は、道しるべ・灯台に使う。訓練は家庭で、というパターンが多く見られます。

 さて、このご家庭の問題点は何でしょう。まず、親が子どもの勉強を見すぎているということです。明らかなる「親のやりすぎ」が見られます。それを知ってか知らずしてか、お母様としては子どもに自学・自習をさせたい。お話を読んで、「親が甘やかしすぎてんじゃない?」と思われた方もいるはずです。たとえ、我が子が同じ問題行動をしても、その都度厳正に対処されてきたご家庭にとっては、ご相談のご家庭の対応を甘く感じてしまうかもしれません。それは正しいこと。たしかに甘いのですから。

 私も同じ思いです。「親の出番が間違っている」「親の態度に一貫性を感じない」と思います。「そろそろしっかり勉強させようと頑張っているのですが」という所に大きな問題を感じます。「そろそろしっかりさせよう」と親が登場するのでは遅すぎるのです。今までにも同じような問題はあったけれど、放置していたわけです。それを今更になって突然「ちゃんとやりなさい」となれば、子どもが迷走します。当然の成り行きです。これまでずっと親子で二人三脚していたのに突然放り出されるとしたら、訳が分からなくなって当然でしょう。子どもにとっては迷惑です。こうした目にあっている子ども達のことを、私は「犠牲者」と呼んできました。私立の先生方がよくおっしゃいます。「過保護結構。過干渉結構。放任主義結構。無関心結構。入学しても成績が伸びない生徒の大半は、途中で方針を変えられて振り回された子ども達。そういう子どもは、中途半端な状態になっても気持ち悪いと思わない体質になってしまっている。」だそうです。親が迷っていれば、敏感な子どもはそれを察知します。親の中では11歳と12歳との境目が見えているのかもしれません。しかし子どもには、見えません。親の出番は、子どもの「年齢」によって決まるものではありません。低学年で、宿題の量も少ない。レベルもそれほどではない。だから、自分でしっかり取り組むことができる。そうであれば、親の出番はないかもしれません。それならそれで良いのです。与えられた宿題をやろうとしない、というような事態が発生した時点から、年齢が何歳であっても、親の出番となるはずだったのです。親の出番は、子どもの『状態』によって決まるものです。出番が早いほど、また、状態が悪くないほど、解決は簡単に感じるはずです。

 このご家庭の場合の問題点を探り続けてみましょう。長年塾講師を続けていると、親子面談というケースもままあります。そんなとき、親子で「これからは心を入れ替えて、一生懸命頑張りますから」と涙ながらに宣言される親子も見られます。でも、涙を見せるご家庭に限って、長くは続きません。このご家庭でも、親子で泣いて「やる」としているのに効力が3日ほどしかないのは、ここまで述べてきたことが原因です。おそらくお子さんには、今現在、何度言っても、何を言っても同じことの繰り返しになります。今のままでは約束の効力を発揮させることは、ほぼ無理です。実証されていることですから、今更ひっくり返す必要性もありませんし、反例を作る理由もありません。親子共々、「約束しても守れない」「約束すること自体無駄」ということを認識しましょう。すでにそこまで状態は悪化していると認識しましょう。そうした上で、まず、親自身が自分に問いかけなければなりません。「他の子はみんな優秀で、自学自習も出来ているというのに。。。」という『親自身が感じている恥ずかしさ』と、『兎に角、子どもにきちんと勉強させる』という気持ちをを天秤にかけたとき、どちらに傾くのでしょうか。『恥ずかしさ』が重いなら、私たちが出来ることはありません。わざわざ進学塾に通い、怒られたところで、何も変わらないのでしょう。

 『子どもにきちんと勉強させる』という方が重いなら、「恥ずかしい気持ち」等というものは、とるに足らないこととなります。そんなことを気にかけている状況ではないと自覚されていることと想像できます。だからといって、「現地校の先生に毎日メールをしなさい!」などと言うつもりはありません。それくらいしてまでも、という意気込みは買いますが、毎日メールされると現地校の先生が迷惑でしょう。「親」と「先生」がやりとりしてとなると、本来主人公であるはずの「子ども」が抜けてしまうことになります。それでは、先につながって行きません。では、先につなげるためには何をしたら良いのか。それは、『子ども』に先生と約束をさせますす。身内であれば甘えも出ます。親としては感情的にもなります。だから伽感的な判断が出来る他人を使うのです。事情を話して先生にお願いするのは、親の役目。一方、お子さんに「先生との約束」に同意させるのも、親の役目。特に子どもに同意・納得させるのは、骨が折れる作業になるでしょう。今まで目をつぶってきたことをしっかり認識させた上で納得させなければなりません。

 その約束の土台となることが、もう1つあります。それは、「親」が「先生」と約束をすることです。「子どもをしっかり管理すること」を約束するのです。親が勉強を見る、のではありません。管理すること、です。このことは今まで何度もお話ししてきました。もし、先生との約束を破ったときは大変です。そのときは、恥をかくしかありません。そのぐらいの覚悟で、臨むことです。その気持ちは、お子さんにも伝えることです。「親」は「子ども」の味方になり、「先生」との約束を果たすのです。「親」「先生」「子ども」この3つのトライアングルを、あくまでも「親」が要になって取り持っていく。決して先生を中心に回さない。自分の子どもです。人任せではイケマセン。塾や学校は、利用するものです。決して引きずり回されるものではありません。今教え、やりきらねば、「18歳の我が子のために毎日先生にメール相談する母」となって悩むでしょうし、「21歳の子の我が子のために・・・」の頃には、もう手に負えないと感じることでしょう。

 以前の読み物にも書きましたが、私は子どもに対しては性悪説です。人間は堕落しやすい。怠惰になりやすい。だからこそ、大人は子ども達に何かを伝え・教えていくべきだと思うのです。それが先人の務めであると思うのです。仮にお子さんが「怠け者」だとすれば、子どもが育っていく過程において「怠け者」でも良いよと、誰かが囁いたはずなのです。意識的か無意識かは別として、それだけのことだったのです。「怠け者」で良いはずがありません。だったら軌道修正してあげるだけの話。そういうことなのです。

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