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2002年12月号 「帰国準備の手引き」

■帰国子女を取り巻く概況■

 海外在留日本人子女の数は、バブル崩壊直後は当然減少傾向にありました。しかし、95年以降は微増の状況となり、ここ数年は横ばいの状態が続いています。
 注目すべき点は「帰国子女を構成する学年別の層の変化」についてです。今から10年前の外務省統計によれば、海外在留日本人子女の中では「高校生」の数が最も多く年齢が下がるにつれて人数も少なくなる傾向がありました。それが今日では「低学年」の数が最も多くなっています。9月に発表された「ワシントン日本語学校保護者アンケート2002年度集計結果」を見てみましょう。2002年5月の時点での在籍者は小1〜小3までの合計人数が199人だったのに対して、中学生3学年あわせても69人。高校生に至っては3学年あわせても22人しかいませんでした。補習校に通っていない生徒もいます。それを考慮しても高学年の生徒が減少していることが明らかです。
 平成不況の中、企業は駐在員を単身で赴任させる傾向にあるといいます。帯同する家族がいたとしても、中学・高校といった高学年の子供がいる家庭の海外派遣は避ける傾向にあると聞きます。補習校の在籍者数はまさにこのことを語っていると考えられます。
 終わりの見えない平成不況の中、企業が海外から撤退することも珍しいことではなくなりました。縮小、吸収、合併などということも見られるようになりました。これに伴って、駐在員の滞在年数を長期化させたりする傾向も見られるようになりました。かつての帰国子女が抱える不安は「情報難」「受け入れ態勢の不整備」「見えないライバル」などから来るものでした。これらが解消されても「突然の帰国に対する不安」「帰国予定が立たないことからくる不安」などということは変わらず存在しているわけです。
 帰国枠を設けている学校数を見てみましょう。(2002年4月号を参照のこと)10年前と比較すれば、中学・高校・大学とも、日本の受け入れ校は増えました。このことだけから考えれば「ずいぶん楽なものになった」と感じることでしょう。しかし、例えば帰国子女受け入れ環境が整っている東京であっても、現実は一部の有名校への人気集中が見られるだけです。不人気の学校にはせっかく帰国枠が設けられていても応募者ゼロという状況が起こっているのです。応募者が多い学校であれば、そこには競争が存在するはずです。「応募者全員合格」ということでないのなら、「いずれの面でも秀でている生徒」が合格に最も近いといえるわけです。ましてやいまだに「帰国子女受け入れ態勢」が整っていない地方となると、その地域にあわせた準備を海外にいるときから意識せざるを得ません。
 帰国生が珍しい存在ではなくなり、帰国生に関する教育問題がより取りざたされたところもあります。例えば、帰国生の学力の低さが問題視されたことも、そのことで帰国枠入試制度を廃止した学校もあります。今後帰国生に対応してくれる学校が爆発的に増えるという時代はやってきそうにもありません。今以上に帰国子女の研究がなされるとも思えません。インターネットなどの情報網の発達により、海外にいても日本国内の教育事情が詳しく分かるようになった分、日本の進学を考えるのであれば、日本をより意識した準備をしなければならない面が出てきているのではないでしょうか。
 いまだに多くの人がただ漠然と「普通の入試より簡単だ」と考えているようです。大学入試における帰国子女入試平均倍率は94年のピーク時でもたった2.2倍ですから、そう思ってしまうのも仕方がないのかもしれません。実際は本当に様々なのです。競争倍率を見ても、入試問題難易度に注目しても、ひとまとめにして「簡単」とか「難しい」とかいいきれるものではないのです。これは様々な資料を見れば分かることです。受験者データを見れば競争倍率が分かります。人気校では一般入試と同じ位に激しい競争が繰り広げられていることが分かりますし、逆に不人気校であれば「全入」という無競争な状態を見ることもできます。入試問題自体を見れば、実は一般入試の問題より難しいということもあります。日本の受験を意識して準備していなければ到底解けない問題ばかり出題する学校も存在します。  

■カギとなる資格条件■

 「帰国生特別受験枠」とはいったい何でしょうか?70年代に本格化した帰国枠入試は当初「帰国生の救済」を目的としてスタートしています。「保護者の海外転勤に伴って海外生活を余儀なくされたことを考慮し、日本への進学に当たっては何らかの配慮をする必要がある」という視点で始められています。帰国枠の扱われ方は約10年ごとに「変化」しています。(2001年5月号参照)ただ、「親の転勤に伴う」という条件は変わっていません。よって高校生が自費留学をした場合など、帰国枠が使えないという事態が起こるわけです。
 各学校側は「帰国子女」という枠組みを作ります。これには資格や条件が伴います。例えば高校入試では「海外在住2年以上、帰国後1年未満」という条件があります。ところが「9年間の教育課程を終了または終了見込みの者」ということも条件としてあるので、帰国のタイミングなど十分に考えなければならないわけです。大学入試でも「SATやTOEFLの提出の必要性の有無」があります。すべての大学で統一テストが必要ということではないとも取れます。
 帰国枠受験資格・基準は学校によって様々ですから、慎重に志望校の資格条件を調査しておくべきです。しかも、それは渡米直前から始めておくべきです。帰国直前になって「資格を満たすためにはあと1週間滞米していなければならなかった」と嘆いても後の祭りです。帰国枠が使えなければ一般入試で受験をしなければなりません。「やるからには帰国枠なんて甘いことを言わず一般入試でヤル」とおっしゃるのであれば、ともかく実際やってみて下さい。現地校に通いながらそれができるとすれば、現地校生活が日本国内の学校と同じような「軽い」感覚でとらえられる生徒でしょう?現地校の宿題は現地校にいる間に済ませてしまう。そのくらいの物理的・精神的余裕がなければ一般受験の準備など不可能です。  

■日本側の受け入れ態勢・小中学校編■

 文部科学省、地方自治体の教育委員会が指定する「国立大学付属小学校の帰国子女学級」では、帰国子女に対する特別教育が実施されています。日本語の回復や習得のための指導をしています。また帰国子女の教育指導と調査研究が行われている「公・私立の帰国子女協力校」があります。帰国子女の多い地域の学校を2年間の期限で指定されている学校です。学習指導は一般生と同じクラスに入る「混合受け入れ式」が多く、特定の教科の個別指導や外国語の保持のための指導を試みたりしています。公立の場合は、学区内居住者に対しては無条件で入学が認められますが、学区外者については必ずしも受け入れられるとは限りません。私立の場合は学区制限はありませんが、入学選抜試験を行うところが多いようです。帰国子女が多い地域では「帰国子女教育推進地域」が文部科学省によって指定されています。この地域では「センター校」と呼ばれる救済校が用意されています。内容は「協力校」とほぼ同じです。
 現実的には多くの子供たちは学区内の公立校に通いながら、家庭学習や塾・家庭教師などで補足をしているようです。日本語に問題を抱えている場合は学校に事前に問い合わせが必要です。日本の小学校での場合、子供の問題は直接ご家庭の責任と見なされることが多いようですから、海外生活中も十分に注意が必要です。
 中学校でも多くの部分は小学校と同じです。日本語や日本の勉強に遅れがない場合などは、義務教育年齢下にあるため、容易に地元公立中学校に入学(編入)することができます。しかしご存じのように特に首都圏を中心に国立・私立中学へ入学する傾向が高まっています。概況でもふれたように、特定の学校に人気が集中し、極端な二極化になっている傾向が見られます。
 いうまでもなく中学受験をする場合には受験資格や条件が伴います。海外在住年数や帰国後の経過年数などが明確に規定されていることが多いので、十分注意してください。資格条件に当てはまらない場合、帰国枠を使った出願ができないことがあります。  

■日本側の受け入れ態勢・高校編■

 帰国子女枠入試を設置する国公私立高校が増加したことで、受験が容易になったように見えます。しかし例えば首都圏の帰国枠を設置する高校のうち8割以上が「一般入試と同一日実施・同一内容の入試問題・募集数も一般入試募集に含まれる」というものです。よってその準備は国内の受験生とほぼ同じようにしなければなりません。これが「高校受験における帰国枠のメリットはきわめて少ない」といわれる理由です。現地校に通いながら日本の有名難関高校受験を準備するとなると、生徒本人が相当強い意志を持たなければ成功しません。もちろん、高校受験でも「二極化」が見られますから「高校と名の付くところに進学できればいい」と考えるのであれば「行ける高校」は存在します。
 現地校の成績を「合格の要素」と明記している学校は帰国枠を設置する学校が多い東京でも1割程度です。それでも小論文・面接などを用いて「多角的な人物考査」を経て入学を決定しますので、準備なしに望むのは無謀です。さらに学力試験ではないため、模擬試験などで「合否を予測すること」は現実的に不可能です。現地校での努力が合否に直結するか不透明なのです。それに期待をかけることは実は危険なことなのです。
 結局日本の教育制度においては、高校は義務教育外のため例え帰国子女であっても「高校に進学する者としてふさわしい学力を身につけた者」が入学できるという姿になっているわけです。  

■日本側の受け入れ態勢・大学編■

 一般入試とは全く異なる入試形態を持つところが多く、書類・手続き・日程などが各大学・各学部・各学科によって違うので注意が必要です。首都圏の私立大学の場合、人気の二極化が顕著に現れています。また、多くの大学で「小論文の国語化」「学力重視」「明確な志望動機」「志望学部に関する知識の有無」などが求められていることが分かります。かつての「帰国子女枠で簡単に入学できる」ということは昔話となっていることがわかります。更に近年では「帰国枠の廃止」「AO入試への統合」などが見られます。
 先陣を切って整えられてきた帰国生に対する大学入試ですが、ここへ来て大きな曲がり角となっているわけです。  

■子供の意識向上と親のサポート■

 日本の学校が帰国子女に求めるものは、変化しています。巷でいわれていた「異文化体験の豊富さ」「グローバル化に対応できる人材」「国際性」「語学力」というような言葉で濁されていたものが、ハッキリしてきました。海外での経験や語学力はもちろんのこと、日本についての知識や理解を要求されています。どんなことでも「アメリカは素晴らしい・日本はダメだ」としてしまう小論文など読んでもらえません。学力・言葉の問題はもとより、様々な情報において日本とアメリカの両方を向いている必要があるということです。
 情報インプットを繰り返し、更にそこで「考える習慣」をつけること。これは子供たちの力だけでは不可能ですから、親のサポートは不可欠なものとなります。現地校の生活も充実させてください。ESLはなるべく早く卒業しレギュラーの授業以上を履修するように努力させてください。同時に日本の勉強もさせてください。志望校が要求する問題の質・量を大人が分析し、子供たちに提示してあげてください。さらに最も大切なことは、子供たち自身に意識を高く持たせることです。子供たちの持つ「危機感や向上心」などがあってはじめて高い壁をもよじ登れるというものです。親だけが先走っても、決してうまくはいきません。  

■帰国子女の問題点・「帰国子女らしさの希薄」「語学力不足」「目的意識の低下」■

 異文化体験や異文化間交流が希薄になっているといわれます。日本人だけのカラオケやビデオ鑑賞などは海外体験であるとしても決して異文化体験ではありません。いくら「現地校」に通っているとしても日本人生徒だけで固まっていたとしたら、そこには海外体験はあっても異文化体験はありません。
 「日本の学校英語」では文法や語彙、語法などを中心とした試験で学力が評価されています。これは現段階の入試制度では避けられない事実です。帰国子女入試は一般入試とは異なるといえども、一般入試の英語や国語の試験の形態に近づいています。海外生活で英会話ができるようになったとしても、文章読解能力で評価が下される日本の入試では太刀打ちできない傾向があります。
 例えば日本の大学が帰国子女に望むものは「希望する学科・専攻に見合った力強い目的意識」です。中学・高校であっても「日本の学校に通いたいという強い意志」だったりします。海外に滞在し、現地校での多忙を理由に「ごく常識的な」進学の動機や目的意識が薄らいでしまっているのではないでしょうか。  

■帰国に際しての心構え■

 日本を離れて、海外で教育を受ける機会を持てることは、子供たちのこれからの長い人生の中でも貴重な体験であることは間違いありません。多感な時期に、外側から日本を見ることができるという意味でも素晴らしいチャンスです。できればその国に馴染み、のびのびと生活させたいと思うのは、すべての親が思うところでしょう。
 しかし日本に帰国し進学するとなると、実は問題が山積みなのです。日本国内で転校するのとは話が違うのです。受験制度における資格や条件の把握など、親のアドバイスやサポートが不可欠なのです。
 ご帰国の予定が無くても、仮の帰国予定地を決めてみてください。そしてご帰国予定地の教育事情を調べてください。各学校の帰国枠受験資格や入試問題を調べてください。さらにお子様の現在の学力をはかってください。そこから見えるものがあるはずです。

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