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2009年12月号 「だんだん」

■だんだん分かるって?

 海外では「お父さん先生・お母さん先生」が活躍されている。このことは機会あるたびに書いてきました。さらに「親は教えるべきではない。管理するだけ。」ということも書いてきました。現実には、そうはいかないご両親もある。『絶対にやるべきではないこと』をやってしまっているご家庭もあります。例えば「解答解説を子どもに渡している→子どもは解答をマル写し→実力など身に付くはずがない→テストでバレバレ」「親が突然思いついたことを勉強させている→カリキュラムがない→穴だらけ→入試に必要な力は身に付かない」「勉強に対しての方向付けがころころ変わる→子どもの勉強に対するモチベーションが下がる→達成感がなくなる→全ての勉強に対して投げやりな姿勢になる」などなど。こうした「失敗例」も見てきました。それを保護者会・教育講演会などでお話ししてきました。今回は、塾通い・補助教育機関を利用されている場合の考えるべき点について書いてみたいと思います。

 例えば小4で塾や補習校などの補助教育機関に通っていたり、または家庭教師に勉強を見てもらっているお子さんが居たとします。小4の算数では四角形の『面積』を学びます。そこで壁にぶつかりました。基本的な面積は求められるけれど、複雑な形の四角形(四角形がいくつか合わさっていて、区切りながら計算していくようなもの)の面積の求め方が理解できていないと仮定します。家で宿題をやろうとすると、基本問題はサラっとやってしまうけど、こうした応用問題は「しかめっ面」をしているだけの状態を思い浮かべてください。最後は親が手伝って仕上げるという感じです。どの学年であっても、ありそうな状況ですよね?親がそのことを確認し、それ以上は仕方がないので、補助教育機関の先生に「複雑な面積の求め方が分かっていないので、もう一度お願いします。」と言ったとします。さて、ここで問題です。そのとき補助教育機関の先生から。。。  「小5、小6と面積の問題は出てくるので、だんだんわかるようになります。」 と言われたとすると、あなたはどう考えますか?  

■指導者からの声・2種

 できない問題がハッキリした。練習量が足りないと思ったから、指導者にお願いをした。ところが、遠回しに断られた。出会った問題、しかも苦手らしい問題は、まだ熱いうちに打っておきたい。親の「意気込み」と指導者との温度差を感じるできごと。「今やらなくても、本当に大丈夫なのか?!」と、指導者に対して不信感をおぼえたかもしれません。

 実際に、小5になったらできるようになるのかについては、このあと考えていくとして、まずは指導者の発言の真意について考えてみましょう。

 勉強に対して積極的な行動をする親に対して、どうして「まあ、焦るなよ」というようなコメントしたのか?一般的な先生側の心情を予想しますと、この2つが思い浮かびます。

 『一人一人の要求には対応できません』

 『それが、解決方法ではありません』 の2つです。  

■ごちゃ混ぜクラスの限界点

 まずは、1つ目について。例えば補習校は「公教育」の場です。決して受験塾ではありません。それゆえ入塾試験もない。学力はバラバラ。しかも子どもたちの教育背景もバラバラ。一人一人の習得状況にあわせて授業をしようとしたら、クラスがいくつあっても、先生が何人居ても、足りません。1クラスに10人以上の子どもを抱える、学力別クラス分けをしない集団授業型であるからこそ、限界なのです。「次回もう一度演習をお願いします」などとお願いされても、指導者としては困ってしまう。それに教科書を使うといっても、カリキュラムがあります。年間40数回の授業で、あの薄っぺらな教科書であっても、終わらせなければならない。でも、実は終わらないことも多々あります。

 さらに、もし一人だけにサービスすると、それは即「ひいきだ」といわれてしまう。クラスの生徒みんなが躓いている問題だと、その問題だけを再度演習することもありえるかもしれません。でも、フォロー体制は、ごくごく限られるのです。それが「公教育の限界」といわれることでした。だから進化しようとする現代の公教育では「吹きこぼれ」「落ちこぼれ」の対策をとりはじめたわけです。杉並区の和田中を思い出してください。良くできる『吹きこぼれ』の子どもたちには、「夜スペ」を実施。学習塾が参入した、あの方法です。もちろん、「落ちこぼれ」対策も同時進行させます。「学校は勉強以外のことをも学ぶところ」の一点張りだった状況からは、ずいぶん変わりました。やっと「学ぶ場所」という意識が全面に出てきた感じがします。(でも、全部の公立校がということではないですけど。。。)当然、20年以上も前から対策をしてきた私立からすると「遅いよ」ということなのかもしれませんが。。。

 海外の補習校は、日本の公立校のレベルまで達しません。まず授業日数が違います。さらに、日本の公立校であっても、学校はミニマムスタンダードといわれるレベルです。「基本」「標準」「発展」という段階でいえば、やってくれるとしても、標準レベル問題まででしょう。発展問題ができないからといって授業で再度取り扱うことは基本的に無いはずです。

 塾であっても、補習校であっても、公立の学校であっても、規模が大きくなればなるほど、先生の裁量で授業内容を決めるのは難しくなる。補習や居残り、呼び出しをすることも簡単にはできません。逆の言い方でいえば、そうやってきっちり、強引にでもカリキュラムを進むことが、特に受験対策ということであれば大事であることも知っておいてください。よく生徒のレベルに合わせて進むというフレーズが使われるわけですが、私たちの経験上、生徒のペースに合わせて進んで良かったためしはほとんどありません。子供にとって1つ上のレベルのものをやるからレベルアップするのであって、生徒の今に合わせて進んでいては進歩がありません。中学受験や難関私立高校の受験などのレベルの高い、かつ、膨大な量の勉強を一定の期限までにこなさないといけないのですから、当然です。  

■好意的な指導者がいたら。。。

 それらを踏まえた上でお願いをするならば、個人的にお願いをするしかありません。そして、その場合は、相手に極力負担をかけない『フリ』をすること。「この手の問題がイマイチなので、類題のプリントを何問かいただけませんか?」とお願いします。決して授業で補ってください!といってはイケマセン。あくまでも家で演習させたいので、プリントをください!とします。これならば、先生は問題を準備するだけです。それほどの手間にはならないはずです。もし、それでも「できません」という指導者であれば、便りにはなりません。さっさと縁を切りましょう。(笑)

 表向き親切な先生だったら解答もくれるかもしれません。配った方が楽だからです。配って業務終了。それ以上はつき合わなくて良いからです。でも家庭としては、しっかり見てもらいたいわけです。そこで「問題を家でやらせるので、答え合わせだけお願いしたいのですが」と畳み込んでいくのです。「あっ、はい」とくれば、OK。家で取り組んだ問題で、できなかった問題は「先生、この問題わかりませんでした」と質問できます。

 いつも言っていることですが、「お願い」する場合、くれぐれも、言ったこと、約束したことは、キッチリやらせる親だなという印象を持ってもらうことが大事です。一方的なお願いは意味がありません。お願いして、約束して、それをやってこそ、次につながるわけです。

 もし小さな塾やその塾が個別対応クラスを持っていたり、また家庭教師であれば、進度は自分で決めることができますので、気が済むまで演習を繰り返すことだってできます。ただし、その分、その後はペースを上げることも忘れないことです。つまり、指導者側の学習スケジュールも考えて、お願いをしないといけないわけです。そう考えると、親の要求に「はいはい」と従っているだけの指導者は、カリキュラムを全く考えていないということになります。そんないい加減な指導者に習っては成績向上などありません。さっさと縁を切りましょう。(笑)  

■痛烈なカウンターパンチ

 さて、続いて、先生側の心情を予想の2つめ、「そんな問題じゃないだろう!」についてです。

 海外にいる「お父さん先生・お母さん先生」の場合、お子さんの実力把握はしっかりされている場合が殆どですから、以下の話は該当しない場合が殆どだと思います。でも、実はよくある話なので、よく読んでおいて下さい。

 親から相談やお願いをされたとき、先生が『そんな問題じゃないだろう!』と思うことはよくあります。「違うやろ!」とツッコミを入れたくなる。どういうことか?例えば、基本問題も理解できてないのに、「うちの子、どうも応用力が苦手なんです」と真剣な面持ちで相談に来られたとき。「そんな問題ちゃうやろ!」というようなことです。この子どもにとって大事なことはAなのに、親はBをさせたがる。経験のある指導者であれば、親の希望に添っていけば子どもを潰してしまうかもしれない。それを考えると絶対にBをさせたくない。この親を何とかしなくては。。。塾の先生にこんな風に思われてしまうのは、非常にマイナスです。先生は「そんな問題ちゃうやろ!」と言いたいのですが、お客さんにそうハッキリとは言えないものです。そんなときには、「今はやらなくても大丈夫ですよ!」といったコメントになるだということも知っておいてほしいものです。つまり、積極的にお願いしたけど、塾の先生からは、子供の状況を把握できてない親というレッテルを貼られることになります。せっかく、相談に行っても墓穴を掘ることになります。一度貼られたレッテルは、なかなかとれません。こうなると、『良い三角関係』であるはずの家庭・子ども・補助教育機関の関係が崩壊します。当然、そうなった場合、その環境かでは子どもの学力向上は望めません。

 逆に、的を射た相談をしに来た親ですと、「こっちもしっかり指導せねば」といった良いプレッシャーを与えることになる。「わかる親」には、しっかりと期待に応えた指導をすれば「感謝される」ということを先生たちは知っています。

 同じ月謝でも親の対応、もっていき方で子供の面倒見も全然違ってきますので、ぜひ『親技』を発揮してほしいところです。  

■繰り返しの効果・復習主義の意義

 さて、それでは肝心の『今分かっていないのに、年齢が上がれば分かるようになるものなのか?』について、書いておきます。

 答えは、『そんなこともあります!』なのです。極端な例ですが、親が子供の勉強をそばで見ていれば、テキストの最初にある例題がなぜ「そこ」にあるのか、理解できると思います。よく問題を読んでみなさい!例題を見てみなさい!同じようにやってみなさい!お父さん先生・お母さん先生は、みな子どもたちに向かってそう言います。でも、子供には伝わらない。わからない!と問題を読む前に言う。

 昔、難しいと思っていた問題が、今なら当時よりもちゃんと意図を理解して納得できたりする。これは、何かを猛勉強したから昔よりも良くわかるようになったわけではなく、大人になっていく時間の経過の中で誰でもなるものということです。できなかった問題は、できないのが普通なのですが、時間が経つとサラッと理解できることがあるのは事実です。簡単にいえば、その後の単元を勉強することで、「あ〜、あれと同じやな」と自分なりに収まりがつくから起こる現象です。大人が子供よりも理解力があるのは、時間の経過の中での経験の蓄積や知識の貯金ができ、知っていることが多くなった結果です。だから、子供でも、後にやったら、サラサラできるという事実はあるわけです。精神的な問題もあります。図形、嫌い!!!こうなってしまうと、思考回路がストップして、できていた問題ですらできなくなってしまう。そうなったら?

 これも何度か書きましたが、『理解する→できる・解ける→テストでも使える』という道筋が労力から考えても、効率から考えても理想なわけですが、理解できないなら、とりあえず暗記してしまうことが大事なのです。もちろん、答えだけではなく、途中の式もまとめてです。これは、『できる・解ける→理解する』というように理想の道筋とは逆になってしまうわけですが、それをやっておいて、時間の経過とともに、「あー、そういうことか」となるようにしてもいいのです。これも『蓄積』の1つですからね。

 もし「暗記するのも嫌だ」というほどに嫌いなら。。。それぐらい嫌いだったら、一旦止めてしまっても良いです。来年まで待つ必要もなく、長期の休み・講習などに再チャレンジすることで変わることもあります。基本的な事項だけは押さえておいて、先延ばしする。それも方法です。今日は調子いいなと思ったら、そっと差し出しチャレンジするのも良いでしょう。これも復習方法の一つ、だということです。決して「予習」では得られない学習ですね。

 こうやって、親が管理することでどこまで押さえるかのタイミングを見て、ここぞと思うタイミングで子供の頭に収めてやる。これが、「親技」です!

 ただし、タイミングは難しいです。大切なのは、止める基準だと思うのですが、『嫌いにならない程度』を意識することです。蓄積を優先してガンガンやらせるのは良いのですが、「母ちゃんとは、もう一緒に勉強しない!」なんて言われたら、子供の頭にきちんと収める機会を永遠に失うわけです。いつも書いていることですが、レベル設定は子供の現状よりは1段階上を目指す。それだけですから、全部をやるわけではありません。AレベルとBレベル問題はやって、Cレベル問題はやらない。それでも良いわけです。ただし、この「必要なレベル」というのが難しい。例えば受験するのであれば、希望する学校の要求しているレベルで考えなければなりません。親が「まあ、こんなもんだろう」と考えた。子どものできるレベルで考えた。そのまま学習していたら、入試問題は一つも解けなかったという笑えない事実もあります。  

■見つめるのは未来

 海外にいると見えなくなるものが増えます。日本を意識しなくなることもある。気楽である反面、帰国の時のカルチャーショックは凄まじく、その重圧に子どもたちは潰されます。ここのところ中学生の入塾が増えていますが、彼らが口をそろえて言うのが「勉強って、こうするんだったんだ」「ここまでやらないといけなかったんだ」ということ。刹那主義というのか、井の中の蛙というのか、理想主義というのか、私にはわかりませんが、合格するだけの「原石」は持っていても、磨かないと輝かないのです。磨くことを忘れている家庭、磨く時間をなくしてしまっている子どもが多いように感じてなりません。時間切れ。あと1年早くenaに来てくれていたら、、、そう感じてしまう子どもが少なくありません。  

 進路を見据えて、着実・確実な指導を受ける。そのことが大事であるということ。以前にも書きましたが、指導者選びは慎重にすべきです。enaは未来を見つめるために、今日を頑張る子どもたちを応援します。

 

 

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