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2008年2月号 「流行の学力テストから考える」

 全国学力テストって、ご存じですか?日本の学生のレベルが落ちた!とか学力低下問題とか騒がれている割には今一歩ピンとこない。ピサとか世界ランクが下がったとかいわれてもねぇ。いまアメリカにいるんだし。まあ、帰るときには「それなり」の都道府県に帰れば良いし。。。とお考えのご家庭。そんなご家庭に、今回の読み物を捧げます。

 このテスト、正式には「全国学力・学習状況調査テスト」といいます。昨年末にその調査結果について発表されました。詳細については以下をご覧ください。

 http://www.nier.go.jp/homepage/kyoutsuu/tyousakekka/tyousakekka.htm

 そして、経済協力開発機構(OECD)が2006年に実施したPISA(学習到達度調査)の結果も公表しました。PISAとは、Programme for International Student Assessment の頭文字をとったものだそうで、「国際的な生徒の学習到達度調査」と呼ばれるものです。ここからはOECDが行っている「国際的な生徒の学習到達度調査」は「PISA調査」、日本で行われた「全国学力・学習状況調査テスト」は「全国学力テスト」と略称で表すことにします。

 さて、昨年全国の小中学校で行われた全国学力テストは、PISA調査の2003年の調査結果で、読解力や文章表現力の低下が明らかになったことなどを受け、実施が決まったと言われています。だから、全国学力テストとPISAは非常に縁があるわけです。まずは、全国学力テストについて簡単にまとめます。

 参加:全国の小6生の約117万人と中3生の約116万の計約233万人。愛知県犬山市の14校を除く国公立すべての学校と私立の6割余りの学校が参加。科目は、国語・算数(数学)の2科目。参加率は98・95%ということですから、日本在住の該当学年ほぼ全員が受験したテストと言っていいでしょう。

 この全国学力テストで文科省が意図したことは何だったのでしょう?実施されたテストでは、国語と算数(数学)それぞれで「知識」と「活用」の2つが問われました。国語A、算数・数学Aの問題では「知識」が問われました。具体的には、「身に付けておかなければ後の学年の学習内容に影響を及ぼす内容」「実生活において不可欠であり常に活用できるようになっていることが望ましい知識・技能」が問われました。絶対にできてほしい「基礎」というわけです。一方、国語B、算数・数学Bの問題で「活用」が問われました。具体的には、「知識・技能等を実生活の様々な場面に活用する力」「様々な課題解決のための構想を立て実践し評価・改善する力などにかかわる内容」でした。この「活用」では、もっている知識をいかに変換して使えるかという「応用」というわけです。PISA調査では、義務教育修了段階の15歳児が持っている知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかどうかが問われます。全国学力テストのBの問題の意図と似ているかんじがしますね。

 ただPISA調査では、科目ごとにテストをせず、科目に代わって「読解力」「科学的リテラシー」「数学的リテラシー」という分野で評価します。「リテラシー」とは通常、「読み書き」「識字力」の意味ですが、日本と欧米ではとらえ方が違います。「読み書き」という言葉から私たち日本人が考えるのは「読むこと」「書くこと」で、それ以外のことは意識しません。しかし、欧米でいう「リテラシー」はもっと幅の広い概念です。データや文章など、さまざまな素材を読み解き、理解したうえで、自分なりの知識と経験を基にして考える。さらに、自分の意見を組み立てて相手に伝える。この一連の行為のすべてを「リテラシー」と言います。「母語によるコミュニケーション能力の基礎」ととらえると分かりやすいかもしれません。どこの国でも一番大事にしている能力です。

 これを頭に入れて、今回の全国学力テストのBの問題を見てみると、この「リテラシー」なるものをできる限り問おうとしているのがよくわかると思います。知識がなくても、図やグラフを読み取ったり、説明したりする問題が出題されていますよね。

 しかし・・・

 2007年4月24日の産経新聞には、こんな記事がありました。『桜美林大の芳沢光雄教授は、6年生の問題について「2つの数字の計算が多い。子供が弱いのは3つの数字による四則混合計算なので、これではあまり意味をもたないのではないか」と指摘する。大量採点のため「中3の証明問題も穴埋めだし、センター試験のような5択問題が多いのはいかがなものか」と疑問を呈する。埼玉県内の数学教師は「算数・数学Aはやさしい問題。これでは学力低下は計れないし、得点の二極分化は表れないだろう」と話す。京都大学経済研究所所長の西村和雄氏は、「今回の小中学校全国学力テストは、問題がAとBにわかれ、Aが基礎的問題、Bが応用問題である。Bの問題は、読解力を測るというが、問題文を読むのに時間がかかったり、問題の意味が分かりにくかったり、一部のマスコミが伝えるような良問とは、とても思えない。何のための学力テストかと思わされる。」』

 2007年4月25日の読売新聞からは『1961年度に実施された全国学力テストと比較すると、問題の傾向が大きく異なる。当時は、計算問題や読解問題を含め、すべての問題が選択式。問題数も多く、中3の国語の場合、50分の試験時間内に長文読解を含め33問を解かなくてはならなかった。』とありました。

 今回の全国学力テストを振り返ってみると、「PISA調査結果での日本の低迷をもとに作られたものであること」「結果をこれからどう活かすかを考えること」に力を注いでほしいと思います。全国学力テストについては、出題された問題の内容についての異論以外にも、そもそものテストの是非や現在の教育のあり方などについて大きな議論を巻き起こしています。その中で1点だけ取り上げます。

 今回の学力テストの実施に際しては、文部科学省は、普段の学習の成果をはかるため、事前のテスト対策は行わないよう求めていました。しかし、事前に公表されていた予備テストの問題を授業中に解かせたり、予想問題を作成して宿題にしたりもあったとか。

 また、これは東京都で行われていた学力テストの際の問題ですが、児童の答案を見て間違っている場所を指でさしたりして正答に導く行為などが判明しました。

 今たくさん設立されている公立の中高一貫校ではテストではなく適性検査を入試として行っています。公立中高一貫校は、いわゆる各教科ごとのテストではなく、各科目を融合した形の問題で出題されています。こうした傾向は、公立中高一貫校だけでなく、国私立中学受験、高校受験、大学受験にも大きな影響を及ぼしているのです。

 2005年3月3日の読売新聞にこんな記事がありました。『教える知識の量を競ってきた学習塾も、今や読解力の育成を課題に掲げる。今春の私立中学の入試問題の分析、受験生の動向などについての説明が例年通り続いた後、壇上には「PISA」という文字が大きく映し出された。首都圏を中心に教室を展開する大手学習塾「日能研」が先月末、1、2年後に私立中学受験を目指す小学校4、5年生の保護者を対象に開いた入塾前の説明会。(省略)

 2004年に2003年のPISA結果が発表され、日本の高校生の「読解力」の低下が浮き彫りになったばかり。「読解力」で日本が前回の8位から14位まで順位を下げたという「PISA」の結果に触れながら、原和彦・企画推進室長がマイクを手に言った。「暗記暗唱で知識量を増やすというのは、世界の学力観とずれている。中学入試もPISAのテストと同様、持っている知識をどれだけ生かせるかが問われます。そういう力を育てるように学習を進めたい」。「冬になると太平洋側で晴れの日が続くのはなぜですか」。日能研の通信添削コースから、この問題が姿を消したのは4年前。季節風、日本海、日本列島の中央部を走る山脈など、解答に必要な要素を描いたイラストが問題文には添えられているので、知識はそう必要ない。自分の考えを筋道立てて説明する力を試すには最適だと、長く出題されてきた。ところが、「山があるから」「日本海側に雪が降るから」といった具合に理由を一つだけ挙げて済ませる解答がここ数年目立ち、白紙の答案も増えた。「白紙では添削もできない」というのが〈冬になると……〉の問題をやめた理由だった。「10年前は自分なりの言葉でしっかり書いてくる子が多かった。読解や論述の力はかなり落ちている」と担当者は言う。「新しいテストで問いたいのは自分で判断し、理由も表現できる力。これは私立の中高一貫校が求める力でもある。保護者の関心も高いはず」。日能研広報部は“学習塾版PISA”の需要について強気の見通しを語っている。中学受験関連の書籍編集を手がける出版社「声の教育社」によると、私立中学受験で読解力を問う問題は、年々増える傾向にある。特に、新聞記事やグラフを読ませた上で、自分なりの解釈を書かせるなど、資料の読み取りを重視した出題が目立ち、入試でも出生率低下と年金、ゴミ問題などをテーマにした問題が出題されたという。中には、小説の一節を読ませた上で、自分が主人公だったらどうするか――を書かせるといった出題もあり、「読解」重視は、大きな流れになっている。』

 最近の報道でもこの記事にあった「暗記暗唱で知識量を増やすというのは、世界の学力観とずれている。中学入試もPISAのテストと同様、持っている知識をどれだけ生かせるかが問われます。」などという切り口が多く見受けられます。そして、そういう切り口での話をフムフムとうなづいて聞いている方も多くいます。

 しかし、冷静に考えてみてほしいのです。いわゆる難関校の場合は、中学受験でも高校受験でも、これまでの入試において、すでに「知識」と「リテラシー」の両方が問われていました。知識の豊富さとともに、『持っている知識をどれだけ生かせるかが問われてきた』のです。だから、実はそれほど変わっていない。

 一方、公立中高一貫校では「知識」にはそれほど重点は置かず、「リテラシー」がメインで聞かれているということです。また、全国の公立の高校入試でも同じく「リテラシー」という観点での問題が取り入れられ「始め」ているわけです。

 ここで気をつけてほしいのは、「リテラシー」を磨く上で「知識」はとても大事だという点です。知識があるからリテラシーが駆使できるのであって、知識も暗記もなくリテラシーで勝負!なんていう考え方はナンセンスであると、これまでもお話ししてきました。作文指導のときにお話ししましたね。書けばうまくなると言うことではない、と。

 高校受験でも、同じようにリテラシーを問う出題が増えています。例えば、国語においては、作文はほぼ全国のほぼすべての公立高校入試で出題されていますが、その作文も以前は課題を与えて自由に書かせる形式が多かった。しかし、近年はそれらは減少し、調査結果や各種グラフについての意見を書かせるもの、ある意見に対してどう思うかなどが多く出題されるようになっています。さらに聞き取りを導入する高校も増えました。

 2007年10月22日の読売新聞では『2008年度の千葉県立高校入試から、国語の学力検査に導入される「聞き取り」。まとまった文章を音声で流し、内容理解を問うもので、すでに中国・九州を中心に7県で実施されているが、関東では千葉県が初の試みとなる。中学国語の学習領域には「書く」「読む」のほかに「話す・聞く」があり、スピーチや討論などで実践されているが、入試の際の学力検査には反映されてこなかった。今回の「聞き取り」導入には、「話す・聞く」力の重要性を見直し、より的確に国語の実力を測ろうとの狙いがある。「中学校生活で、人の話によく耳を傾け、伝え合う力を高めることにつながることを期待したい」と県教委指導課。(省略)

 「聞き取り」導入の先駆けは、1979年に始めた青森だとされる。その後沖縄、佐賀、山口と続き、2002年4月に現在の指導要領が施行されて以降、島根、鹿児島、岡山でも始まった。このように実施のすそ野が拡大していることについて、文部科学省は「コミュニケーション能力の不足が指摘される中で、話を聞き取り、それをどう表現できるかを問いたいのでは」と見る。(省略)

 今回の「聞き取り」導入を受け、県内の中学校では定期試験に採り入れたり、また学習塾でも、他県で過去に出題された問題を生徒に解かせたり、といった動きが広がっている。千葉市若葉区の学習塾「青葉学院」では、中学3年生が夏季講習から「聞き取り」対策を始めた。(省略)  佐久田昌知塾長(37)は「日ごろ人の話を聞く習慣がついている生徒は点を取れている。そうした習慣を身につけさせるためには(「聞き取り」導入は)良いこと」と話していた。』

 リテラシーの問われ方として聞き取り試験が出てきているわけですね。中学入試においても、取り入れるところが出てきていますから、これからこの傾向は広がっていくでしょう。ここで問題となるのが、知識の蓄積は意外と短期的に集中的に可能なのですが、リテラシーは表現して形になるまでに知識の蓄積よりも時間がかかるということでしょう。今日からやります!!ってい言ってもすぐに出来にくい。しかも海外生活で、異なる言語環境下にいながら「思考訓練」をするとなると、そうとう難しいことになります。こうなると家庭での親の役割は非常に大きなウエイトを占めてくるようになります。

 日頃の家庭での会話、出来事や事象についてのやりとりなど親がどんな問いかけを子供にしていくかによって、「リテラシー」にスムーズに入れる子供とそうでない子供がキッチリ出てきます。英語と日本語のチャンポンでいい加減な思考・語彙で続けていくと「ハーフリンガル」「モノカルチャー」になると警告しました。まさに、あれです。

 さらに帰国後のことを考えてみましょう。「とりあえず」と現地校生活を優先して生活をし、まあ受験なんて余り熱心な地域に帰る訳じゃないからとあぐらをかいていたら。。。「うちの県は全国で下位に近く、さらにうちの市は県下でもレベルが低く、なおかつ、うちの小学校は市内で下位である」という事実を突きつけられたら、どうしますか?さらに「補導率市内ダントツ一番校」となったらどうしますか?それでも「別に公立なら誰にでも進学することが可能なんだし」と悠長にしていられますか?今までとおりでマイペースでやっていていいのでしょうか?

 マイペースでいくって、難しいのです。子供たちが学校で過ごす時間が8時間、睡眠を8時間。それ以外の時間が8時間。塾に行かないとすると学校での時間とそれ以外の時間が同じ。その時間を、どう有効利用するかです。これまで通り「お稽古ごと」に使いますか?「貴重な海外体験」をしますか?日本に帰っても「地域で最下位」の学校だから無理することは無い?

 私が日本で指導していた頃の経験。進学実績がよろしくない学校から、時々超難関校に進学する生徒がいましたが、その生徒は「オレは、みんなと違います」っていうオーラを放っていました。学校での付き合いを最小限にとどめるとて。でも、なかなか、1人でできるものではありません。やっぱり環境の影響は大きい。だから、そういう連中は、学校以外の仲間を求めて塾に通ってきてたんだと思います。

 環境によって「普通のレベル」は大きく上下します。今回の全国学力テストで合わせて行われた調査結果において、『テレビゲームやインターネットをする時間が短い児童の方が、正答率が高い傾向が見られる』とありました。そんなことは当然ですよね。そのことはどんな調査でも明確に出ています。だから、親としてはあまりゲームをさせたくないわけです。でも、子供たちは「みんなやってるから!」「友達との話についていけなくなるから!」と言い、親も「みんなやってるし、簡単にお友達の家に行ける環境じゃあないし、アメリカまでつれてきたのは親のせいだし・・・」と認める。調査では、テレビゲームやインターネットをする時間について、

 全くしない       16.5%

 1時間より少ない    37.5%

 と出ていました。このデータを見て、2つの意見があるはずです。

 「周りは、もっとゲームやってるよ」

 「周りは、ゲームなんてやってないよ」

 この数字はあくまで、平均値。学校別に見れば、もっと言うと、点数別に見れば、もっと極端な結果になるはずです。「周りは、もっとゲームやってるよ」と思った方は、実際にもっとやってるでしょうし、「周りは、ゲームやってないよ」と思った方は、ゲームをやってる連中はいないわけです。それぐらい全然違う感覚になる。だから環境は怖い。朱に交われば赤くなる。悪貨は良貨を駆逐する。孟母三遷。長い時間かけて一生懸命築き上げたせっかくの「普通のレベル」は、光よりもはやく下がる!このことは現地校のレベルでも言えますよね。公立の現地校でもレベルの高い学校はクラスの中に優秀な生徒がわんさか。毎日が緊張の連続。宿題もばっちり。クラス替えもしょっちゅう。先取りバンバンです。 反対にノンビリ現地校・学業よりも他のことを中心にした現地校(イマージョン教育含む)・ESOLなどで一日が終わるということであれば、あっというまに学力は下がります。日本を出たときの学力を維持する力はもはや期待できません。5年生なのに2年生レベルの日本語力。中2なのに小4以下の計算力。そんな生徒を見ると「ああぁ、なんでもっと早く来てくれなかったんだ!!!」と思わずにはいられません。個別授業や基礎科授業で追いつけるだけの「何か」を持っている生徒であれば、私たちでもお役に立てることがあります。でも。。。それさえない生徒は可哀想ですが、何もしてあげることがありません。

 もし学校の環境が悪いとするなら、やはりどこかの時点で、enaなどを利用して、学校以外の仲間・刺激を求めていくのがベターです。一人じゃない、共有できる友達なりライバルがいるというのが心の支えにもなります。それは、早めに動けば動くほど、子供にとっては「楽」です。早めに始めればそれだけ「負担」は少ないです。取り返さなければならない単元も少なくて済む。

 子供にとって酷な環境があるのは大きな試練になって鍛えられるわけですが、その酷な環境に飲み込まれてしまっては、鍛えられる以前の話になって、軌道修正はメチャクチャ大変です。その「酷な環境」というのは親の力でカバーできるものなのか?親の身勝手な、過度な「見栄」だったりしないか?子供にとって、本当に貴重な体験なのか?日本への進学を二の次にしてまでするに値する価値を持っているものなのか?過信することなく見極めていくことが必要でしょう。

 結局また、いつもと同じ結論になっちゃいましたね。enaはまじめに進学を考える子供たちを応援する進学塾、だからです。

 

 

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