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2005年6月号 「保護者面談で良く聞かれること」

■文章問題について考える■

 「うちの子、文章問題が苦手で困ってます。」

 読解問題が苦手だという生徒は昔から大勢います。「計算問題や単純暗記の漢字やことわざなどまだ良いのですが、肝心の読解問題は。。。」とお嘆きになるご家庭、そして本人。保護者面談などでも開口一番、時候の挨拶並みに「嘆き」をお聞きすることもあります。

 計算、漢字などの知識分野は、もちろん、教科を学ぶ上での土台になるものです。これらを適当にしていたら、当然、成績向上には繋がりません。どんなに解法が理解できても解答に結びつかないのであれば、マルはもらえないからです。しかし、入試で肝心の部分といえば、読解力や分析力を伴う問題であって、計算力だけで・漢字の知識だけで合格できる学校は限られています。多くの場合、「読解力を必要とする問題」が、その学校の特徴的な問題になっています。いわば学校の『顔』になる入試問題は読解問題というわけです。(図形問題や知識問題もありますが。。。)それが出来ないということは、どんなに漢字・計算ができてたとしても不合格の可能性が高い。そうなると、当然、クリアしなければいけないものとなります。

 この対処法は実は簡単です。「お助けマン」がいれば良いだけです。お助けマンとは、横について子どもたちの読解を助ける人のことです。塾に来たら塾講師の我々が、家で宿題をしているときは親が、お助けマンになれば良いだけです。今、既にしていらっしゃるでしょう?でも、本当にお助けマンになっているのか、ちょっと探ってみましょうか。まず本題に入る前に今までの復習をしてみましょう。家庭学習はどうしていますか?海外であれば「お父さん先生・お母さん先生」が活躍されていることが多いですよね。うまくいっているなら何も問題はありません。この読み物は破棄していただいた方がよろしいかと思います。うまくいっていないご家庭。なかなか成績が思うようには上がっていないというご家庭に是非お読みいただきたいのです。

 さて、お助けマンをしているはずなのに、得意になるどころかさらに苦手意識を持つなどという最悪の事態に陥ってしまっているご家庭。特に感情的になりやすいと自覚されているお父さん先生・お母さん先生。ここからは、「ため息」が出始めているお父さん先生・お母さん先生へメッセージです。

 良いですか。まず分かっていただきたいことは。「何度子供に説明しても全然わかっていない!」ということなど、実際は日常茶飯事のことで、胃が痛むほどに悩むべきものではないと開き直るべきなのです。あれほど時間かけて説明したのに!とお嘆きになることは、実は無意味。挙句の果てに、「同じことを何度言わせるのー!」と親の方が「キレ」てしまえば、百害あって一利無しと同じです。こうしたことを繰り返していると、できるものもできなくなってしまいます。子どもとしても「とにかく答えを教えてよ」と途中の思考訓練を省いていきます。そりゃあ考えることは、彼らにとっては面倒ですからね。親が一生懸命説明しても「ふんふん」と聞いたフリをすればいい。答えを出してくれるんだから、こんなに楽チンなことはないですもの。黙って聞いている「忍耐力」さえあればいい。最後に「分かった!ありがとう」といえば、教えてくれたお父さん先生・お母さん先生はハッピーになる。そんなこと、子どもたちは分かっています。でも私たち塾講師には通じません。宿題をしっかりやっているのに、模擬試験の成績が悪い生徒の大半は、このパターンになります。塾に通っていても成績が伸びない環境の一つだと言い切れます。

 何が失敗なのか。客観的に見てみましょう。教えすぎることで、子どもたちの正解に対しての貪欲さを削っている。ああでもない、こうでもないと作業してやっとたどり着いた解答。そういった苦労から、例えば公式のありがたさ、図解説明の奥深さ、段落構成から考える論理的解釈など副産物を得るようになるはずです。例題を見ながら解法を考えた経験、お父さん先生にもあるでしょう?本文を5回は読みこなしていってやっと見えてきたという経験が、お母さん先生にはあるでしょう?その機会を、子どもたちから奪っているんです。解答を片手にした親が、一から十まですべてを「写させて」しまったら、そこに何があるというのでしょうか。親は勉強を教えるべきではないのです。管理はして欲しい。でも教えすぎることで、親依存症の子どもを作りだしてしまう。親もつい、解くことが楽しくなって全てを教えてしまう。子どもに考えさせる余地を与えない。保護者会などでもお話しするのですが「この10問の中に1問だけ間違っているものがある」といいさえすればいいのです。文章題が分からないというならば、子どもには理解しにくい言葉をかみ砕いてあげさえすればいいのです。それ以外は?例えば小学生の子どもの場合、親も一緒に頑張っていると見せてあげることも大切です。決して隣の部屋でテレビを見ながらお煎餅をかじっていてはイケマセン。本を読む、家事をする、でも良いと思います。これから出てくる「お助けマン」は、決して「教えて」いるわけではないということを、ご理解いただければと思います。

 さて、改めて「文章問題が、できない」について考えてみます。なぜ、お子さんはできないのでしょう?理由は大きく2つあります。まずその一つは「勉強については、諦めが早い」からです。この理由は、文章題が苦手な生徒に共通な、そして最も根本的な理由となっているはずです。なぜなら、このことは「子ども達の習性」なのです。子どもたちは、問題を見た瞬間に「あ〜、この問題ダメ!」と判断してしまいます。なんとも、潔いわけです。そしてその先を読もうとしない。字面を追っているだけです。文字を見ているだけだから、情景描写も出来ないし、数量の関係を読みとろうともしない。「しない」ではなくて、そんなところまで「意識が廻らない」のです。当然、「問題を全部読んでいない」ということになりますから、普通は設問に対する答えなど遠く彼方に消えていくことになります。これでは出来るはずがありません。

 だから、お助けマンは、まずこう言えばいいのです。「問題を言ってみて!」と。もし、言えなくても叱る必要はありません。もう1度読んだ上で、問題を言わせればいいのです。兎に角、ポイントは「読ませればいい」というわけです。音読など、こういうときに威力を発揮します。日本で流行の某テレビ番組でおなじみの「齋藤孝先生」もおっしゃっています。「国語は体育。音読はスポーツだ!」って。リズムの良い名文を声に出して読み、脳を活性化させ、集中力を鍛えるのだ、と。脳の活性化・集中力の育成ができた生徒は、お助けマンのこの一言だけで「あ、わかった」といいます。質問に来た生徒でも、自習室へUターンってこともあります。お助けマンは何も助けたわけではないのに、それで解決してしまうのです。本当に面白いほど、Uターンしていきます。

 さて、次のレベルです。問題文章は読むことが出来た、という生徒がいます。でも「まったく、わからない!」と、逆ギレする困ったチャンがいるかもしれません。そんな場合は、お助けマンが、もう一言いってあげましょう。「本当に、まったくわからないの?」と。そう言うと、案外子どもは素直に堂々と答えます。「うん、わからん!」というかもしれません。ここで、お助けマンがキレてはいけません!あくまでもお助けマンなのですから、ぐっとぐっと我慢です。そして次にこう言ってあげるのです。「コレは、どう?」  簡単に説明します。文章問題とは、いくつもの文からできています。算数・数学の読解問題文であれば、だいたい3〜5文といったとこでしょうか。増えれば、難易度も上がることになります。しかし最初の文から理解できないということは、どの学年の生徒であっても本来あり得ません。最初の文といえば、例えば低学年だと「太郎君と次郎君がおつかいに行くことになりました」などです。おつかいに行くことが分からないというのは、日本語語彙力の問題です。「遠足に行く」の「遠足」が分からないと嘆くのであれば、それは日本の学校に進学しようとする者としての日本語力に問題があります。受験用の国語ではなく、それ以前の日本語力をまず向上させてください。

 さて。全く分からないといいながらも、一文一文を見ていくと、分かる文章は存在するはずです。最終的に何を求めたらよいのか分からないとしても、「A地からB地までの道のりは600mです」「右の図において、2点A,Bの座標は、それぞれ(−1,4)(2,1)である」などは明記されているわけですから、それを指さし確認のごとく、きちんと条件整理させることは可能なわけです。国語の文章であっても、本文や設問などを細分化することは可能です。

 もちろん、「これは、わかる」という文章の方が多いはずです。「では、次は?」「この文章は?」と続けます。もし、「ここが、わからない」という1文がでてきたら、それは、そのままにします。ハイライターで塗っておいても良いですね。そして算数・数学などでは最後の文を聞きます。「コレは、どう?」と。きっと、これも理解できるはずなのです。というのは「次郎君はいくら持っていたのでしょう?」とか「面積を求めよ」など、答えはわからなくても、たいていの場合、文の意味自体は理解できるわけです。国語でも設問によっては可能です。全てとはいいませんが、たいていの問題では何を求めるのかは分かるはずです。(それがどこにあるのかは別として)

 ここまで言えば、もうお分かりですね。文章問題の文章を1文ずつ細分化する。そして、その中で「本当にわからない文」だけを抽出する作業をさせるわけです。これがお助けマンの役割です。その作業自体はとても楽です。基本は「これは?」「どうして?」という言葉のみを「お助けマンの台詞」とすればいいのです。言い換えれば「子どもを中心」にしていけば良いわけです。決してお助けマンが引っ張っていってはイケマセン。これなら説明する必要も、例える必要もありません。親子バトルのキッカケを親が作ることもありません。そして、「わからない文」がハッキリしたら、そこだけを考えるなり、教えればいいわけです。

 子供が問題見て「わからん!」と言ったら、親はすぐに「これは、こうでしょ?こうなって、だからこうなの!」などと親自身だけが納得しながら、「教えるマシーン」になりがちです。それはダメなのです。その弊害については、この読み物のバックナンバーでも、その他諸々の所でもお話ししてきました。だいたい、マシンガントーク&ヒステリックトーンと化した親の説明など、子供は聞いてません。「いやいや、そうではない。我が子はきちんと聞いて、理解し、次につなげようとする姿勢を持っている!」そうおっしゃるのであれば、塾など必要のないお子さんです。頑張ってくださいね。

 さて、更に次のレベルです。「わからない文」をハッキリさせても、考えようとしない、更に困ったチャンがいたらどうするか?  簡単です。ここで初めて問題集の解答を用意するのです。そして今度は解答解説を見ながら、解答解説に書かれている文章を、問題文と同様に細分化したら良いのです。「ここの文章の意味は、結局こうだったんだね」とか、「ここで聞かれていることは、ここにあったんだね」と確認作業に入れば良いわけです。細分化作業の途中で「あれっ、わかった!」なんて小躍りする子どももいるかもしれませんが、そこでぐっと我慢させます。「わかった」ということにのみ快感を感じていないかチェックです。分かったフリをするのは良くないことと教えなければイケマセン。早とちり・ケアレスミスは実力の無さの証明です。あくまでも完全理解を目指しましょう。

 このお話をすると、「それは良くできる子ども向けの話でしょう?」などといわれますが、いえいえ、その逆のことが多いものです。「文章題の苦手な子こそ、ハマる!」と断言しておきます。これからは「文章問題が、できない」とは言わない・言わせないことです。「文章問題の中の一文が、わからない」のですから。このことを知らないことが、文章問題ができない2つめの理由なのです。つまり文章問題が出来ない2つ目の理由は「読む」という言葉の本来の意味を分からずにいること、とでもいいましょうか。  

 

■親の関与の仕方■

 以下の文章はフィクションではありますが、かなり事実に基づいたフィクションです。

『現在小6、小4、年長の3人の子供の母親です。中学は公立へ進ませるため受験はまだありません。住んでいる地域も首都圏ほどの受験熱があがっておりません。地方のため、帰国枠受験という選択肢もありません。自分が中学受験、大学受験と苦しんだこともあり、子供には、過度な勉強はさせたくないと考えております。しかし、放ったらかしのままでは高校受験になっていきなり勉強しなさいと言っても絶対に無理だということも分かっております。海外の親は、子どもの勉強を良く見ると聞きます。ご近所の日本人家庭では皆さんそうしているとおっしゃっています。でも、我が家の場合は母親の私も仕事を持っているため、なかなか手が回りません。よしんば時間が作れたとしても、何をどこまで手を出したらよいのか分かりません。父親は出張も多く、子どもたちの勉強を見る時間などなかなか取れません。我が家の生活パターンは、私が帰宅するのは毎日20時頃で、それまではシッターさんにすべてをお願いしています。といっても日本人ではないため、日本の勉強まで見てもらっているわけではありません。英語のチューターこそつけてはいますが、日本の勉強の家庭教師まではつけていません。問題集の管理を私がしている程度です。私が帰宅すると翌日の準備で手一杯です。子どもたちは睡眠時間がちょっとでも削れると体調を崩すため、無理はさせられません。毎日の勉強内容は、子ども達が寝てから私が確認しています。書いてある文字で、その日の集中力は見当が付きますので、そういうことも含めて学習内容に関するコメントを書いておきます。そのノートをリビングの机の上に広げておき、翌朝登校前にそれに関して話をする(3分程度)というのが、我が家の勉強方法です。子供たちは一応の勉強習慣は付いているとはいえ、惰性で片付けているだけとも思えます。なんとかもう1歩上のランクに登らせてやりたいと考えているのですが、こうした環境下で、何か良い方法は無いものでしょうか?やはり、親が子供の横について、勉強を教えてあげなければダメなのでしょうか?』

 親自身、時間がとれない。どうしたら良いのでしょう?というご相談です。海外ではお父さん先生・お母さん先生がご活躍されています。でも諸般の事情のため、それが出来ないとおっしゃるご家庭があるのもまた事実です。特にお忙しいお父さんとなると、毎日疲れて帰ってきて、それからまたひと仕事とは、考えただけでもグッタリしそうです。また「答え合わせだけしたらいいの?」「解説はどこまでしたらいいの?」「方程式は使って良いのかしら?」「大人の言葉で説明していいのかしら?」など、関わりの深さについてもよく分からないとおっしゃるご家庭があります。

 しかし、この状況の中、さらにワンランク上を目指したいとなれば、選択肢は次の3つになります。

 1)誰か他の人に任せる(塾など)  

 2)親が無理をする  

これで2つです。ここでは、忙しい親にとって、子どもと関わる時間を捻出する必要がありますので、敢えて「親が無理をする」としています。最後のもう1つは何だと思いますか?それは、1)と2)の融合です。

 3)誰か他の人に任せながら、親も無理をする  

この3つの選択肢の中で、お勧めは何番だと思いますか? その答えを探すためにも、これからいくつかの問題を出しますので、考えていきましょう。  

問題 その1)・・・この中でお金がかかるのは、どれでしょう?

 おわかりですね、1)と3)です。  

問題 その2)・・・親が大変なのは、どれでしょう?

 当然、2)と3)ですが、2)のほうが大変ですね。逆に、親にとって楽なのは、1)ですね。だから、多くの親が1)選ばれているわけです。  それでは、本題に入ります。  

問題 その3)・・・成績が一番上がるのはどれでしょう?

 この質問は難しい。なぜならどれでも成績向上の可能性はあるからです。だから、どれを選択するかの判断は、みなさん自身の体験で決めることになります。「トライ&エラー」です。しかし、順番でいえば、1)から始めるのが一般的なのではないでしょうか。理由は、親が楽だからです。海外生活で日々の生活を平穏無事に送るだけでも大変なのに、成績向上まで考えるということは大事です。となると、楽であることは手抜きではなく、時間節約などのためにも必要なこととなるわけです。

 考えるべきことは、1)を選択して成績が上がったかどうかです。塾での新学期は通常2月開始。そうなると多くの方は、すでに結果は出ているはずです。結果に満足という方は、1)を選択したことで問題ありません。お金はかかるけど、親は楽チン。しかも成果も上々!何の問題もありません。

 一方、塾選びをして3ヶ月通っても成績に変化がないようであれば、これはエラーと判断すべきです。エラーが出たら、まず、その原因を考えてみてください。「受験を希望していないのに進学塾に入ってしまった」「実力と塾のレベルがあっていなかった」「楽しいだけの塾生活になっている」「塾に行くだけで満足している」などなど。(塾選びについてまとめたバックナンバーがありますので、参考にしてみて下さい。)

 さて、原因が分かってきたら次の一手を考えてトライします。塾に原因があり、改善の余地があるのならクレームを出しても良いでしょう。親のフォローを強化することでも解決されることがあります。何かしらのアクションをすることが大切です。ここで最もタチが悪いのは、3ヶ月たっても「まだ時間がかかるだろう」などと、先延ばしにする親の態度です。「他に選択肢がない地域だから。。。」と諦めムードになることも良くありません。もちろん、国語などの語学では成績向上に時間がかかるといわれます。事実、土台になる語彙・知識が無ければ、それを詰め込む時間を計算に入れなければなりません。その作業に追われて3ケ月経ってしまったということがあるかもしれません。しかし、部分的に成績を見てみると3ケ月もあれば変わっているはずなのです。漢字練習に対する取り組み方はすぐに変えられます。その取り組み方次第で、劇的に変わることは可能です。努力だけで変えられる、例えば知識分野など、3ケ月もあれば十分変えられるはずです。

 なんだか、奥歯に挟まった言い方に聞こえますか?では、ハッキリと言いましょう!成績が良い生徒の親の多くは、3)を選択しています。しかも、成績が良い子の親のほとんどが忙しい方たちです。みなさん同じということです。条件は、日本にいようがアメリカにいようが、さほど変わりません。違いは、「小さな決意」。

 親が大変な姿を子供は見ています。夜10時に帰宅して午前1時までの3時間を子供の勉強に付き合っているお父さんがいる。子供も塾から10時に帰ってきてすぐの3時間勉強だからキツイはず。でも、朝7時には仕事へと出かけていくお父さんには、そんなグチは言えなくなる。期待に応えなければという使命感とともに。そうやって、トップクラスをキープしている親子がいるワケです。親は、子供の負担を最小限にするために、子供にかかわるワケです。その分の負担を親がかぶっているのです。私たちが「小5以上では目標校を設定し、子どもに背負わせるものを与えて欲しい」というのは、ここにあるわけです。

 誰にでもできるというものではないからこそ、トップクラスにもなるし、子供に差がつくと私たち現場の人間は実感しています。トップクラスまでとは言わなくても、まずは今よりもワンランク上どれだけ真剣に目指すのか?30分の時間が取れないのではなく、親自身に「取る覚悟がない」ということです。覚悟をしていない状態では、3)のやり方は具体化できません。なんだか、精神論っぽい話になりました。受験は「根性か要領」のいずれかになりますから、仕方がありません。要領の良いお子さんであれば、既に苦労されてはいないでしょうし、お助けマンの出番はどんどん減っているはず。親の関わりなど考える機会も激減しているはずですもの。親も同じということですね。根性・要領を試されていると思ってください。

 子どもたちにも「頑張ったらご褒美」がでるように、ガンバル親には継続できるご褒美があることを付け加えておきましょう。それは、お子さんの「笑顔」です。成果を上げたときの自信に満ち溢れた「笑顔」です。どうも、みなさん、これがクセになっているようです。

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