Make your own free website on Tripod.com

まえのページにもどる> <もくじにもどる

2008年6月号 「再び、吠えます」

■はじめに■  

 公立高校から始まった「推薦入試ブーム」が転換期にさしかかっているようです。早ければ来年度にも推薦入試は廃止になる高校がでるとか。既に一部の私立高校では推薦入試廃止の決定がなされています。まあ、大学入試で一芸入試が過去のものになった今日、推薦って方法を採用したこと自体が間違っていたんでしょうけどね。

 「推薦って、内申書が重視される訳だから、海外生には関係ないじゃん」とおっしゃる?はいはい。なるほどね。でも『帰国生優遇措置』っていう観点からは、推薦試験も帰国生入試も大差は無いですよね。本来、入試とは何だったのでしょうか。入学選抜試験。日本の学校に進学するにふさわしい学力を身につけた者が合格するものであるはず。「うぐっ。。。」となった?それとも「英語だけは自信あるんだ♪」と脳天気?では、このあたりから切り込んでみようかしら。    

■どげんかせんと・・・その1■

「現地校の成績が良かったら受かる♪」  

 出ました。これです。何をして、それほどまでに言うのでしょうか?私からすると「噂にすがっている」としか聞こえません。

 学校間格差。公立中学校の学校間格差って、本当に大きい。たとえ推薦試験を実施したところで読み切れない。案の定、推薦で入学した生徒と正規入学試験合格を経て入学した生徒を一つの教室に入れたら、混乱を極めたってことです。推薦試験からの進学者は、成績不審者になる可能性が極めて高かった。だから中止にしようということ。これって大学入試における帰国枠廃止と同じ。某有名大学附属中学の帰国枠入試廃止と理由が同じ。要するに「英語が出来るだけで、他の科目がからっきしダメ」じゃあ、日本の学校は受け入れてくれない。

 このことから考えても、現地校の成績が良かった「だけ」で入学できちゃうと言い切れる学校なんて、ないんです。いろんなところで苦労した生徒なら分かります。現地校の授業でもレギュラー以上の授業を受けて、日本の勉強もしっかり勉強しているなら、分かります。帰国生が多く受験する某高校の先生なんて、そのあたりちゃあんと見えちゃうんです。そりゃあ、プロですもの。当然ですわ。

 もっと露骨に言いましょうか。現地校の成績「だけ」が良い生徒は、有名難関校合格率が1ランクも2ランクも下がるんです。やっていないだけなら良いんです。やりゃあできるから。そうじゃなくて、日本の勉強を放棄してしまった生徒は、日本の勉強をバカにするんです。拒絶するんです。そうやって、出来る範囲を狭めてしまう。世界に出て、広い目を持つはずが寧ろ逆行してしまう。これが問題なんです。出来る生徒は何処へ行っても何をやらせても抜群な成績を修める。反してモンクたらたらの場合は、たいていが「我田引水」「自己チューな論理展開」で「現地校の成績が。。。」と言い逃れてしまう。大問題。まあ、こういうことをいう場合の多くは、ESLも出きっていない、客観的な英語の学力を証明するものが何も無いケースがほとんどなんですけどね。そうなると、たいてい、日本の英語の試験を受けさせると偏差値60行きません。英検も小馬鹿にしているから受けない。かといってTOEFLやTOEICは「まだ難しいから」といって受けていない。要するに「中途半端」なんです。だったら「頑張る」「苦労する」「がむしゃらに貪欲に、吸収する」っていう姿勢でいりゃあ良いのに、二言目には「こういうの、現地校では使わないから」「日本語でなんて言うのか分からなかったから」とくる。あはは。じゃあ、英語でいってみろよ!っていいたくもなるでしょう?

 だいたい「感覚」という言葉をすぐに使いたがる短絡思考の輩は、文化というものを理解せずして、語学を語ろうとしているわけです。音感を3歳時期に会得する。母国語の確立が5歳頃にある。母国語での思考訓練が9歳頃からある。そのとき、何をしていた?何を見聞きしていた?スポンジが水を吸収するがごとく、「アメリカ文化」を吸収したか?アメリカ人なら常識であることを、吸収したか?決まり文句や仕草や、感情表現方法を何処まで知っていると言うんだ?特に10歳以降に初めて渡米したのであれば、「感覚」という言葉は決して口にしてはならないんです。それをお父さん・お母さんを「ごまかす」ために、連呼してきたでしょ。呪文のごとく口にすれば全てが許されてきたから、いたるところで連呼しちゃうんでしょ?

 アナタが「きつい」と思っていることは、諸先輩達も、そして世界中の同級生達も、みんな経験している。それをあたかも「自分は悲劇の主人公」のごとく振る舞い、「現地校が忙しかったから出来ませんでした」とホザく。はん!特にお父さんは海外まで連れてきた負い目があるから、それで黙ってくださったのだろう。アナタの現地校の宿題に、必死になって下さったお母さんは「可愛そうに」「仕方がない」と思ってくださったのだろう。でも、私はだまされない。甘ったれるなよ!限界を超しているなら兎も角、単に「サボリ」じゃないか。単なる「怠惰」「だらけ」「逃げ」じゃないか。成績が悪いから模擬試験は受けたくないだと?!自信を無くすから受けたくないだと?本末転倒じゃないか!勉強すれば良いだけじゃないか。何処にいても何をしても、勉強は出来たはずなのに、さぼっていたから、ここまで出来なくなっただけだろう?それを論旨のすり替えで逃げようとするなら、進学する資格さえ無いのだよ。勉強せずに、学校という「勉強すべき所に入学したい」だと?矛盾も矛盾、大矛盾じゃないか。恥を知れ!  

■どげんかせんと・・・その2■

「でも有名難関校を受けます」  

 いや、その、あの、うん。。。なんていうのかなあ。受験屋としてはね。やっぱり受けるからには勝ちにいって欲しいし、その方向で受験指導していきたいわけ。はい。だから吠えちゃうんだよね。一生懸命なのに「できない生徒」であれば、これは全力で応援しちゃいます。何時でも何曜日でも付き合います。でもね。単に「サボっている」「やらない」という生徒に対しては我慢ならないわけ。だいたい受験には時間切れって、あるからね。

 偏差値40の、しかも「努力のかけらもしていない生徒」に「有名難関校が第一志望でーす」と軽くいわれちゃあ、考えちゃうわけです。だって、受験までの半年で偏差値40あげろっていうんだよ。しかも日本の勉強は週に一度。平日はお稽古ごとと現地校のことで忙しいから日本の勉強は無し。長期休暇の時は家族で旅行もしたいから、講習には不参加。これって、どうよ?!合格って、常識的に考えてありえないよ、普通は。日本の受験生が聞いたら激怒するよ、きっと。

 世間の「補助教育機関」では、そんな状態でも「いえいえ、私たちがやる気にさせます!」っていうけど、眉唾ものにかんじちゃう。だってやる気は「育てるもの」であって、「与えるもの」じゃあ、ないでしょ?目的があって塾に来て欲しいからね。「やる気を出させるために塾に」っていうケースはお断りしてますもの。それじゃあ応援のしようがないじゃん。

 仮に、ですよ。日本の「口先三寸の塾」と同じように「やる気を出させます」「面倒をバッチリ見ます」「出来るまで教えます」ってやろうとするでしょ。どうると思いますか?「んじゃあ、やる気にさせるぞ!毎日塾に来い!!」って言えます?「夜中まで付き合うぞ!」っていっても「明日現地校早いから」ってなっちゃうでしょ?アソコを受験したいっていうから「じゃあ、これを履修して!」といっても「忙しいからダメでーす」ってね。「じゃあ明日も自習に来い!」っていっても「お稽古ごとで忙しいから」なんてね。

 受験に対するこういう姿勢って、大袈裟に言えば「なんちゃって受験」となんら変わりがないんですよ。負けたら「あはは。でも受験するつもりはなかったんだよねえ」っていわせちゃうことになる。それは子供に「妥協」とか「言い訳」を教えることになって、それ以降の勉強に対しての姿勢が斜めになってしまう。「悔いのない受験」を実施したら、万が一、第一志望校にフラれても、胸を張って次に進める。かつて帰国生とは、そんな「根性のある生徒」「根性のあるご家庭」が多かった。今は『混沌』、ですな。もし、「なんちゃって受験」が世間の流れで、指導者側が「折れなくてはいけない部分」「これを飲まなければ生徒指導が出来ない時代」というならば、私は業界から引退します。まじで。

 でも、それにはまだ早いでしょ?少なくなってきたかも知れないけど、まだ「がんばる!」と歯を食いしばっている生徒がいるもの。彼らを応援したいんです。口ばかりではなく、必死に頑張る、言動一致した生徒は目の前にいます。彼らを応援したい。「落ちこぼれは捨てるのか?」と叱られるかも知れないけど、少なくとも私たちは落ちこぼれ専用の塾じゃない。少なくとも私の中ではずっと「進学塾」としてやってきたんだもの。これからも、やっぱり、進学塾であることは変わらない。変えたくない。これを、このやり方、この考え方を理解してくださるご家庭、こういう私たちを利用してくださるご家庭がいらっしゃる限り、そのご家庭にお返しをしていきたいと思うのです。    

■どけんかせんと。。。その3■

「ああ勘違い、勘違いぃー」  

 例えばです。計算はバッチリ。小3なんだけど小6の計算まで出来ちゃう子。凄いですねぇ。自信を持つのは良いことです。英語に苦労している場合など、特にそうです。「おお!こいつすげえぇ!」といわれることがあると、クラスの中でも存在が認めてもらえます。そうなると格段に現地校生活が楽になる。特に算数・数学は英語が分からなくても、やることが見えやすいので出来ることが多い。そこで「やったこと」を認めてもらえたら嬉しくなりますね。

 でも、です。いくつかの落とし穴があるわけです。まず受験レベルでの話から。どんなに計算が出来ても、それ「だけ」では算数・数学が「得点源」とはなりません。文章題は?図形は?関数は?こうしたものは「読解力」や「分析力」が必要です。思考訓練が出来ていなければ、得点源のレベルには到達しません。「現地校では算数、バッチリです!」と得意げな顔で入塾テストを受けるケースがありますが、そういうケースに限って偏差値40程度ということが多々あります。「日本語が分からなかったの」「なーんだ、そういうことだったのか」と言い訳します。でも、入試本番で、トランスレーターが付けられるんでしょうか?だいたい、高校数学につなげるためには「証明」が必要となるわけです。日本でも「作文」「小論文」が難しいといわれているのに、日本語環境的に不利な当地で「日本語による証明」をきっちり訓練しないなんて。。。百歩譲って、英語で証明できれば言語を変えて対処することが可能ですが、げんちこうでそこまでやっている???かくして穴があちらこちらに空くわけです。

 レベルの違いは、それだけではありません。日本の子供達の学力低下が問題視されていますが、それでも日本の算数・数学は難しいんです。もっとハッキリ言いましょうか。アメリカの算数・数学は簡単なんです。よく使われる2006年のPISAデータ(数学)でも、日本は10位でアメリカは35位です。(56カ国中)それを考慮しなければいけません。帰国枠大学入試に使われるSATの数学は中学入試・高校入試の準備をした人にとっては「超簡単」なレベルであり、事実満点を取ることは「当然のこと」として扱われているといっても過言ではありません。ところが日本の算数・数学には見向きもせず、アメリカの算数・数学で「こんなの簡単」「余裕」とほざく。いつまで貯金があるんだか。事実アメリカ生活が長くなった、しかも日本の算数・数学からは遠ざかっていたケースであれば、ほとんど「治療不可」のレベルまで落ちることがあります。こうなると、例えば私立高校受験に必要な3科目(英数国)のうち、数国がアウト。これでは難関校など逆立ちしたって受かりません。アメリカの算数・数学のレベルの中で胡座をかいているようでは、後れを取って当然だということです。

 英語だって同じ事。コミュニケーション能力と受験英語は混同してはいけないと再三言っているのに、受験英語に拒絶反応を起こしてしまう。それでは入試における「絶対条件」が無くなってしまうのです。「英語は完璧!」と怠惰な学習態度でいるわけですから、伸びるはずがありません。かくして強みが全くない受験生が出来上がり、受け入れる学校としても「中途半端」「日本人でもアメリカ人でもない」「自信だけはある傲慢な生徒」「魅力を感じない」と判断されてしまうわけです。  

■どげんかせんと。。。その4■

「だから、いつもの通りなのですが。。。」  

 結局毎回毎回、同じ事の繰り返しになってしまいます。進路設計を立てて欲しいのです。その日暮らし、刹那主義では最後に子供が犠牲になります。「まだ5年生ですから、受験は先のこと!」なんて言っているようでは、現代受験事情を知らな過ぎるとしか言えません。もっともっと、子供達を中心に考えるべきです。現地校と補助教育機関を両立させるのが厳しい、のではなく、どうやったら両立させられるかを考えるべきなのです。貴重な体験と引き替えになるのは何か、、もっともっと見つめるべきなのです。親が簡単に「貴重な体験をするかわりに学年を落として復学させても良いかなあって思うんです」などと言ってはいけないのです。生きてきた時間が大人より短い子供達は、経験値が少ない。だから想像力も限られている。親の言いなりになって学年を落として進学したら。。。やっぱり年下の同級生は嫌だってことになるわけです。大学受験のための浪人と学年を落として高校1年生とでは、話が違うのです。たった3年分の経験値でも、子供達には重いものなのです。同じ1年でも大人にとっての1年と、高校生の1年とでは全く違うものであると先人は理解しておくべきです。

 そうなると、これまたいつもと同じ事。繰り返しになります。やるべきことは見えるはず。決まっているはず。目的・目標を定めたのならば、それに向かって一心不乱に頑張るだけ。努力すること。させること。大事なことは、今も昔も変わっていません。それだけのことです。

 enaでは、しっかり勉強させます。ご期待下さい。

TOPへもどる