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2009年6月号 「甘いよ、甘い」

■はじめに  

 今月の読み物は久しぶりに「吠えて」みました。まず、はじめにお話ししておきます。我が家の教育方針に自信があるご家庭は読まないでください。不快になります。我が子の教育に関して不安な毎日を過ごされている方も読まないでください。不快になります。また、今回の読み物に登場するケース・団体・個人などは特定の誰かを指すことは一切ありません。作者のフィクションです。個人または団体に対しての誹謗中傷の気持ちは全くありません。

 とにかく、不快になられたら、その場で破り捨ててください。(笑・・・web版では破ることはできませんから、即刻退場をお勧めします。

■こんなご家庭、ありがち?!

 アメリカに来て1年半。ようやく現地校の生活にも慣れました。と、同時に「せっかくなので」、お稽古ごととかもさせてみようかな、と。そうしたら、サッカーチームに誘われて、ヴァイオリンも習ったりして。。。もう毎日が芸能人並みの生活になちゃったりして。でも、海外に連れてきたのは親の責任だから、子供にプラスになることを最優先させているつもり。

 小5から日本の塾に入れてみました。オイシイ帰国枠受験をさせるつもり。何しろ日本にいたら届かないはずの私立中が、手の届く偏差値で、しかも2教科で受験できるわけです!滞在年数の少ない我が家としては、英語で勝負っていうことも出来ないし。でも。算数と国語の成績は、低空飛行。塾を嫌がらないし、模擬試験の前の人かは、自分から机に座って頑張っているようなので、ナントカなるかな。それも含めて、とりあえず良し、としています。

 うちは夫婦とも地方出身で、東京の中学受験事情には疎いんです。親の感覚としては、小学生はいろんな事に一生懸命に打ち込んでくれたら良いかなあって思っていまして。そんなこんなですから、今のままでは模試の結果を見る限り、志望校はほぼ無理という結果みたいです。ダメモトで受験はさせるつもりですけど。だから講習とか受験させずに家族旅行しますし。

 でも、ここへきて、チョットだけ不安になってきたんです。補習校ではアドバンスクラスにいるので、まあ、いいかしらとも思っていたんですけど。ほんとうに、これで普通の成績なのかしら、と思うようになってきたんです。あの漢字の読み方でアドバンスクラス?!あの計算力でアドバンスクラス?!永住の方もハーフの方も一緒になっている補習校だから、異文化間コミュニケーションという視点からは、とっても良い刺激なんだけど、日本への進学っていうことに対しては「???」っていうかんじ。だから塾に行かせようと思ったんです。

 周りのご家庭では、受験体制に入っているご家庭もあって、余計に不安になるんです。インターネットの受験情報では、5年生からでは遅すぎるっていうし。もう少し私が協力してやれば、とも随分悩んだのですが周りの方が必死になって親子でやっているのをみるにつけ、子供本人が決めて始めて、子供が自主的に勉強して、子供自身が結果を受け止めるというのも、いいかなと少し思っています。  

■分析しましょう

 過去にもやってみたことがあります。「もしも、こんなお母さんがいらっしゃったら」という企画。その第2弾です。この「twitter=つぶやきブログ」の何処がいけないのか。どうすれば良いのかを検証してみます。小5のお子様をお持ちのご家庭だけではなく、中学生・高校生をお持ちのご家庭にも一部当てはまることがありますので、ご参考にして頂ければ幸いです。

 まず「秒単位のスケジュール」について。優先順位がアメリカ生活が上位にあり、日本の受験準備などは片手間で良いとするご家庭もあります。それはそれで良いです。ただ、その上で「上位難関校に」「帰国枠の無い一般4科受験」ということであれば、考えるべきことがあるはずです。ましてや「うちの子、不器用ですから」というならば、尚更です。

 いろんな事に挑戦させることについて、子供から「やだ」「やめて」とは滅多に聞かれないでしょう。アメリカに「連れてこられた」ことで、彼らの選択肢は無くなっているわけです。自転車で遊びに行くこともない。鍵っ子ということもありえない。電車に乗って一人で出かけることもない。英語が分からず、文化も知らず、ただただ与えられることに乗っかってきた子供が、突然自分の意志で判断するなんて、ありえません。「うん、わかった」としか言いませんって。

 そうやって軌道を失った「よくばりなご家庭」は「多忙スパイラル」へ堕ちていくわけです。  

■オイシイ受験

 毎日が秒単位の生活に「覚える時間」とか「試す時間」を見つけることが出来れば、受験もイケます。不器用な子供であればあるほど、その時間確保は絶対に必要です。どんな子供でも「理解」することは可能です。でも「覚えていられるか」ということは、別問題。そして受験は「何を、どこまで覚えているのか。それを、どのレベルまで使いこなせるのか」を聞かれているわけです。覚えるべき事を「見て」覚えられる子供もいれば、一度覚えたら忘れない子供もいる。我が子が、どのタイプなのか見切っていますか?その上で、学習させないと、効果が現れません。

 そして大切なことを1つ。必ず「効果測定」をしないといけません。入塾したときより、どのくらい上向きになっているのか。上向きになり続けているのかを常に「客観的に」監視しないとダメです。絶対評価ではダメ。受験の基礎において、どこまで制覇しているのか。周りの帰国枠受験生に対して、どのポジションにいるのか。それをもとに「オイシイ」かどうかを見極める必要があるのです。

 もがき苦しむ環境で、もがき苦しむ成績で、英語でも勝負できず算数と国語の2教科受験における基本問題さえもダルマさん状態。(手も足も出ない。。。)

 その状態で「オイシイ受験」なんていう言葉は使えません。  

■良しとしています

 「だからウチはなんちゃって受験だから良いの!」っておっしゃるなら、塾に行かせること自体、可愛そうです。塾は塾です。必死に頑張っている子供達を応援しているわけで、「べつに。。。」という子供は排除されてしまう。日本国内だったら「お客さんクラス」があります。楽しい授業だけ。学力向上は二の次。ご家庭としては、それを分かった上で、あえて選択することもできます。海外校舎では無理です。複数クラス設定が可能な校舎など、滅多にありません。そうなると「やる気を育てます」ではなく「やる気のある生徒だけ、集めてます」というのが塾の本音です。クラスのほとんどが日本を向いて、必死になっている。そのなかに「受験、しないから良いんだもん♪」などという異分子があったら、授業もやりにくいし他の子供達の志気も下がる。

 それでも、その環境で勉強をさせたい。その環境で勉強させることが意味があるといえるのは、子供自身に危機感がある場合だけ。子供は楽な方へ逃げていく性質を持っています。それを軌道修正するには周りの大人がキチンとした方向を見定めてあげる必要があるわけです。それなのに「とりあえず、本人が行きたいっていうから」とか「塾に入れておけば、それなりに。。。」という感覚ではダメなんです。

 決して「良し」という状況にはありません。  

■親の感覚

 義務教育があるのに私立中学を希望する。これは親の、子供に対する希望です。公立に求めることが出来ない「我が家の教育方針」があるからこそ、実現してくれている私立に求める。本人の意志というのはあり得ません。「どうする?」と本人に聞いたところで「わかんなあい」といわれるのがオチ。高校受験ならまだしも、中学受験で本人が考えられることは限られています。『中学受験は親の受験だ』といわれる理由を考えてみてください。

 「地方出身なので、東京の受験感覚はわからない」と開き直ってはマズイです。肌感覚はわからなくとも、情報収集程度は可能です。例えばenaの図書室には古い受験案内も残してあります。今の情報を得ることはインターネットの発達によって簡単になりましたが、昔のデータを入手するとなると難しいこともあります。そんなとき、enaの図書室にある5年前の学校案内とインターネットで調べた最新の学校案内を比べてみる。そんなことでも、学校の進もうとしている方向がわかったりもします。共学化、コース分け、情報開示、そういった改革をしている学校。なにをとっても5年前と変わらない、伝統を守り続ける学校。。。学校の顔は見えてくるはずです。

 親の持っている偏った感覚で「うーん、でもねえ」と構えてみたり、「うちの子なんて、せいぜいこんなものでしょ」と子供の成績も学校の難易度も調べずにいたりする。「だって我が家の教育方針なんて、無いもの」と開き直りますか?では、どうやって学校選びをするのでしょう?「帰国枠受験なら選択肢が限られているっていうじゃない」とおっしゃいますか?限られているから、王道に乗っかれば良いと。そうです。それは正しいし、実は多くの方が、実際にはそうされています。ただ、実は「乗っかれない」という子供も多く存在するという事実を認めなければなりません。

 なぜ乗れないのか。それは、これまでの読み物でもお話ししてきました。簡単にいえば現実を直視しない子供・ご家庭だったから、です。

 もう少しだけ、帰国枠受験専門家の話を聞いてください。そしてご家庭の感覚に、そのアドバイスを含めてください。見えてくるものが、きっとあります。  

■チョットだけ不安

 これも何度もお話ししてきたことです。永住のご家庭に関しては、進学塾など使うべきではないんです。「親の受けた教育程度は子供に受けさせたい」という気持ちは痛いほど分かります。私も子供を持つ親です。でも、進学塾である必要が、あるのでしょうか。そのせいで混乱する子供を、なぜ直視しないのでしょうか。

 例えば「現地校で習ったこと」「補習校で教わったこと」「お母さんのやり方」「お父さんのやり方」「塾のやり方」と、1つの問題に沢山のやり方。それを楽しめる子供であれば良いです。(でも、そんな子供なら塾など要りませんね)そうじゃないとしたら?既に混乱しているのに、その混乱の理由は指導者が多く存在するからなのに「じゃあ、プロを利用して」などという安易な発想で、塾通いさせる。結果どうなるか。すべてに対して自信をなくしている「犠牲者」を産みだすことになります。

 何故、不安なのでしょう。周りが頑張っているから?周りが、あまりにもレベルが低いから?ほら、見えてきているじゃないですか。それに目をつぶるから、不安になるのです。もっと見てください。そして、お子さんの学力を客観的に把握してください。「漢字はとりあえず書けるから」というような「何の意味もない学力の捉え方」では日本に進学するものとして恥ずかしいと思ってください。偏差値がどういうものか、どう使えば良いのか、ご存じですよね?!だったら尚更、模擬試験を上手に利用して、お子さんの学力をみてください。日本にいる、同級生と比較して、どうなのか。そして、海外にいるからという理由で「おまけ」してくれる学校が受けられるのか、合格させてくれるのか、調べてください。

 調べれば調べるほど「不安」は大きくなる。そうおっしゃるご家庭なら、解決方法は簡単です。勉強させれば良いだけです。不安を解消するには、何処へ行っても何をやっても成績優秀であれば良いわけです。調べたら「不安」は無くなった、というのであれば、それはそれで良し。「我が家の方針を考えれば、ここで闇雲に勉強する必要は無い」と判断すれば、それはそれで良いのです。ただし、あまり迷わないこと。海外生活ですから、急展開はあります。若干の軌道修正はあります。でも、日替わりで「これ」「あれ」「やっぱり、こっち」とやればやるほど、子供は迷います。不安に思います。そして、自分では考えなくなる。「どうせ考えても、また親の都合で変えられる」というようになる。さらに、「家族が一丸となって頑張って居るんだ」という感覚は、方針を変えるごとに揺らぎます。「えぇ、またぁ?!」という言葉は、彼らの叫び。嘆き。落胆。仕方がないと分かってはいるものの、やり場のない気持ちにめげそうになるのは、家族全員同じ。お父さんだけじゃない。お母さんだけじゃない。子供達は子供達なりに、苦しみます。  

■5年からでは遅すぎる?!

 高校受験にしても、大学受験にしても、「早すぎるスタートも、遅すぎるスタートも、本当は、ありません」というべきです。結局、主人公である、お子さんの「ちから」に左右されます。要領が良く、器用で、積み重ねていたものがあって、吸収力が抜群で、知的好奇心旺盛な、習う態度を身につけている子供であれば、短時間でも成績は向上します。

 でも、それはごくごく限られた子供だけの話。たいていは、そう簡単にはいきません。だからどのご家庭でも、作戦を練るわけです。日本国内でも同じ事。受験とかということではなく、お子さんの性格の話。だからお子さんを一番よく知っているはずのお父さん・お母さんが、現代の受験を調べ、我が子であれば「このくらいの時間がかかりそうだ」と判断されて、始めればよろしいのでは?  

■子供が自主的に。。。

 何いってんでしょうね。笑っちゃいますって。だってそうでしょ。お父さんは、そうだったかもしれません。お母さんも、そうだったかもしれません。でも、お子さんはお子さんです。別の人格。親がそうであっても、子供が同じとは限らない。だいたい、今の子供は違うんですよ。子供の習性の中に『自主的に』なんてこと、あり得ない。その上、環境も与えず、危機感も与えず、情報も与えず、ただただ、毎日を精一杯生きるだけで、日本の受験を想像しろとおっしゃるのですか?そこから自主的に勉強しろとおっしゃるのですか?ありえません!

 勉学とは、本来自主的であるべきだと私も思います。でも、受験勉強は違います。まず、何よりタイムリミットがある。そして合格と不合格という2つの結果しかない。工夫をしなければならないし、それを受験校にあわせる必要もある。研究とは違うんです。努力を認められてオシマイではないのです。だから「自分なりの方法でナントカ答えをひねり出しました」という勉強方法では勝てないのです。自分なりに頑張ること、つまり絶対評価では、競争である受験には通用しない。どんなに自分なりに必死になっても、レベルが志望校の求めているレベルに達していなければ合格しない。私たちは、そうした視点を持っています。学校では無い。だから、同じ教える立場でも、学校の先生と塾講師とでは「誉めるところと叱るところ」は全く視点が違う。

 「受験をする子供なんて、学校で1人か2人だった」などという感覚は、今の時代意味がないのです。「私立高校なんて、金持ちがいくか、滑り止めかっていう学校」という感覚も、現代では通用しない。首都圏中学入試が集中する2月1日。30人クラスが2クラスの公立小学校。朝、教室に入ると生徒は2人だけ、ということも現実に起きている。そんな現代で、「自主性に任せます」「本人の問題ですから」といって良いものなのでしょうか。ましてや海外にいれば、親でさえ煩わしい日本の柵から解放されて、つい見て見ぬ振りをしてしまう。それで通してしまう。日本だったら絶対に気にしていたはずなのに。それを芽を摘んでしまう。「机上の空論」「理想主義」。私には、そう思えてなりません。

 子供達はギリギリの状態で頑張っているのです。だからこそ、私たち大人が本気で相手をする必要が、日本国内の子供より、あると思うのです。  

■最後に

 「勉強は勝ち負けではないだろう」とおっしゃるかもしれません。それは大人の視点、受験を通過した人間が言えることです。受験や進学ということが想像の世界でしかない子供達にとっては、「合格=勝ち」というイメージの報が強い。

 乳幼児期から、「我が家の方針は人とは違う」としてきたのであれば、アメリカ生活で何をしても問題は生じにくいかも知れません。人の噂も価値観の混沌も、跳ね返す精神力が備わっていることでしょう。でも、そうではないなら。。。子供達にもプライドはあるし、人と比較されると恥ずかしい気持ちにもなる。自分の進路について不安にもなるし、自分ではどうしようもないことに対しての不満もある。だからこそ、周りの大人は、日本国内のケースよりさらに丁寧に、子供を見るべきなのです。進むべき道を示してあげるべきなのです。「子供の人権」とか「叱りすぎては萎んでしまう」というような、子供への穿った気遣いなどより、凛として進学への正攻法を伝えていくべきです。「現地校でも算数は出来ていると誉められている」とおっしゃいますが、その学力で志望校の過去問は解けるのですか?一時期、世界の子供達の学力測定の物差しになったことで注目されたPISA調査を見てください。やはり15歳の学力では、日本は非常に優秀なのです。

 だから私たちは言うのです。「はじめに志望校ありき」そして、そこから戻って考えると、「いま」、身につけておかなければならないことが何か、分かるはずだ、と。現地校の生活を中心に、サマーキャンプで貴重な体験をすることが、志望校への進学に最も効果的だと考えるなら、それでも良い。でも、そうではないなら、一刻も早く「日本の勉強に本気で取り組む。優先順位を一番にする」べきなのです。

 毎年受験生に対して必ず使う言葉ですが、「受験は一度きり。後悔のない受験をしてください」です。

 enaは頑張る子供達を応援する進学塾です。

 

 

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