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2009年10月号 「家庭学習」

■親が子供の勉強を見ています■

 海外で生活するご家庭の多くは、お父さん先生・お母さん先生が活躍されていると、これまで書いてきました。塾に通える地域に住んでいるご家庭であっても、すべてを塾任せとされているケースは非常に希だと思います。必ずと言っていいほど、お父さん先生・お母さん先生が、子供たちのそばにいて下さって、ご活躍されています。

 日本国内であれば、もしわからない問題が出てきたとき、「いますぐ塾に行け!」ということもできるでしょう。自転車に飛び乗って、「まだ○○先生、いるかなぁ?」と走ってくる子供もたくさんいました。授業よりもずっと早く塾にきて質問する子供。宿題は、残ってやっていってしまう子供。子供たち自身が、塾を使いこなしているようでした。

 でも、海外では、ほとんど見かけません。まず、自分の足で塾に行くことができないからというのも理由の一つだし、ご家庭で勉強を管理されていることも理由の一つでしょう。日本にいる子供たちより、スケジュールがタイトということもあるでしょうね。現地校が早いとか、お稽古ごとがビッシリということも、よく聞きます。そのため、どうしてもお父さん先生・お母さん先生に「習う」ということになるようです。

 ただ、『成績を上げるために』という言葉がつくと、どうなのでしょうか。海外にいるから、日本の勉強は親が見ています、というのはよくあります。でも、「少しでも偏差値を上げるために」「目標校の合格圏に入るために」ということになると、当てはまるご家庭が少なくなる。「そこまでじゃ、ないから」とおっしゃるご家庭が多い。「とりあえず、だし。。。」とおっしゃるご家庭が多い。塾のある地域であれば、「それは塾に頼んでいることだし。。。」となります。でも、塾の宿題をお父さん先生・お母さん先生が見ていらっしゃる。。。それは、何のため?

 もちろん、受験をしない・帰国しないという条件下であれば、わかります。引かれている基準線が「成績向上」を求めていません。勉強したなあというような「達成感」とか現地校ではわからなかったけど「日本語で理解できた」ということに重点をおいていることになるわけですからね。でも、もし、日本に帰ることを前提とし、しかも「受験」ということがあるならば、「成績をあげるために親が見ている訳じゃないから。。。」といってしまって良いのでしょうか?

■親が見ても「成績が上がらない」■

 毎日親が日本の勉強を教えている。算数はお父さん先生、国語はお母さん先生。子供の横で、一生懸命教えている。塾の宿題を一緒に解いている。例題を見ながら一生懸命に説明する。「これがね、こうだから!」隣で子供が「ふんふん」という。「ああ、そうか」という。

 でも、模擬試験成績は、いっこうに変わらない。偏差値は平均の50にも届かない。そんなこと、ありませんか?

 ここまでお読みいただければ、成績不振の原因の1つは、親が勉強を教えているということだとおわかりになると思います。「子供の勉強をみる」=「子供に勉強を教える」=「親がすべてをやりきってしまう」=「子供が答えを書き写しておしまいになっている」となっているわけです。当然、これでは「理解」というレベルにも到達しません。「理解」したのは親だけです。偏差値を上げるには、この「理解」のレベルをクリアして、次に「定着」、つまり「暗記」をクリアしなければいけません。「あ、これ○○算だ」「この文章、あのとき読んだ」などというレベルに達していないと、試験する意味がありません。わかった=身に付いたとは逆立ちしてもいえないからです。でも、お父さん先生・お母さん先生は必ず「わかったの?!」と確認されます。ええ、わかっていますって。そのときは、ね。で、数週間たつと、記憶の彼方に放り出されるわけです。でも大人としては勝手に「一度教えたんだから、覚えているのが礼儀ってもんでしょう?!」と啖呵を切られる。でも、それは子供の性質上、無理ってものです。経験値の浅い、日々新たな経験でビックリドッキリしている子供たちが、毎日の出来事をすべて覚えていたら、鬱病になりますって。忘れなきゃ、生きていられません。

 さらに、「定着」のレベルが超せたら、ここでやっと「利用」のレベルになるわけです。小5や中2あたりまでに、この「知識という武器」をそろえていきます。見た・さわったというのが「理解」のレベルであれば、「装着した」というのが「定着」というレベルでしょうか。そして「利用」は、まさに、どの状況で何を使うのが一番効果的かを判断する能力を意味します。それは実践力ということです。ここまでの視点で考えていかないと、成績向上などあり得ません。だから講習があったり、復習中心の宿題だったり、大量に解かせたりするわけです。

 もちろん、親が勉強を教えて成績が上がっているご家庭だってあります。そうであれば問題ない。

 ただ、以下の方には、親が教えるべきでないと断言できます。小学校の低学年のときは見ていたが、学年が上がるにつれ、子供が嫌がるようになった方。学年が上がるにつれて、親子バトルが激しくなる傾向が見られる方。しかも、成績はいっこうに上がる気配がない方。

 お子さんの本音は、『親の解説では、よくわからない』です。別にショックを受ける必要も、だからといって、親がムキになって勉強する必要もありません。それよりも、「補習校の先生より、お母さんの方がわかりやすい!」なんて、子供が言うことのほうが問題です。「あっ、そう、お母さんのほうがわかりやすいんだ!」なんて、喜んでいる場合ではありません。そんな状態ならば、通わせている意味はゼロです。

 よく「勉強のために通わせているわけじゃないから」とおっしゃるご家庭もあります。「日本語にふれる機会を少しでも増やしたい」「日本人のお友達を増やしたい」とおっしゃる。でもね。子供たちの話をよく聞いてみてください。仲間が集まって、きちんとした日本語、しゃべっていますか?適当な英語、適当な日本語。いい加減な文化。どちらの文化も壊している。その環境は、どっちつかずの、私たちがいう「ハーフリンガル」を育成しているだけ、ではないですか?

 勉強には前述の「理解」「定着」「利用」の3段階があると書きました。教科書を使っての勉強は「理解」するレベルまで。練習問題までは、ありません。今の教科書は、そういう作りになっています。お父さん・お母さんの時代の教科書とは違うのです。ご覧になれば、お感じになりますよね。だからといって、悲観することはない。学年相応の「理解」のレベルを目指すのであれば、教科書を使って十分勉強ができる。そしてそのレベルは、どの子供たちにも達成可能です。

 でも、学級崩壊しているようでは、実現不可能です。教科書の内容でさえ、しかも「理解」のレベルまで達することができないなら、学年相当の、つまりは日本人として常識さえも身につけることは不可能です。例えば、「私は補習校にいっているから、漢字は大丈夫」なんてことをいう子供がいます。学力試験を実施すると「習っていない漢字ばっかりだった」と言います。もちろん、学力テストは学年相応のものを受験してもらっています。20個のうち3つ書けなかったというなら、わかります。でも1つも書けないというのは、問題ではないでしょうか?そのくらいのできなさ加減が、当地ではよく見られるのです。受験レベルは言うまでもなく、学年相当の力など、まったく無いということです。

 危機感を持たずに、のーーーんびりとする。日本を向いて勉強をしない。例えば、その必要がないというなら、それで良いのです。永住する、アメリカ人として生きていく。それならば、あくせくと日本に帰国する準備をする必要はありません。でも、帰国する、受験する、というならば、改めるべきだと申し上げているだけです。「お母さんのほうがわかりやすい」などという補助教育機関環境に、子供をおいていても意味がありません。すぐに辞めさせるべきです。  

■子供に教えるのって、難しい■

 私は塾講師を25年やっています。それでもまだ、私の授業は未完成だと思っています。毎回の授業で子供たちから習うことがあります。毎回の授業は試行錯誤。創意工夫。目の前にいる子供たちにあわせて、自分自身も進化させなければ、子供たちは混乱してしまう。日々これ精進。朝から晩まで授業の準備。

 親は、はじめから先生なんて目指すべきではないのです。実はお父さん先生もお母さん先生も、そのことには気が付かれています。『親は、先生にはなれない。なってはいけない』と。『専任の』塾講師たちは、日々指導方法や、指導内容の勉強をしています。授業をするだけで良い時間講師であるなら、授業前に出勤すれば良いわけです。授業の準備も、与えられた教材を研究しておくだけで良いわけです。朝から出勤して、遅くまで残業しているのは日本との情報のやりとりやら、過去問の研究やらに時間がかかるということです。受験学年担当であれば、この時期、1日1校なんてノルマを決めて、入試問題を解いたりもします。通常、時間講師の先生に進路指導はできません。受験事情に精通していないからです。では、失礼な言い方をお許しいただければ、副業として片手間に先生をしている補習校の先生に、受験指導まではできるのでしょうか?これが、教えるレベルの問題です。線引きの問題です。それをお父さん先生・お母さん先生にも当てはめてみましょう。奥様外交で忙しいお母さんに、その時間は作れるのか?研究で不規則な生活になっているお父さんに、その時間は作れるのか?世界中を飛び回っているお父さんに、その時間は作れるのか?なれない海外生活の中、家族を守っているお母さんに、その時間は作れるのか?

 そうなると、です。成績向上・志望校突破のためのお父さん先生・お母さん先生は、できなくて当然。塾講師であるなら、それが仕事ですから、できて当然。そこが、補助教育機関に求めるものの「線引き」であるわけなのです。単に単元内容を見せる、こういうことだよと大人の視線、大人にとっての既知の事実をかいつまんで話すだけなら、大丈夫。受け取る子供も「理解」のレベルまで到達可能というもの。でも、受験につなげるのであれば、そこまで勉強する覚悟がなければ、親が『教える』ことに意味はないのです。(もちろん、そこまでされていらっしゃるご家庭も毎年います。)  

■では、親は何をすべきか?■

 これまた、ずうーーーーっと、お話続けていることです。一言で言うなれば、メトロノーム。私たちはこれまで、親がそばで子供の勉強を見る目的は、勉強の効率を上げるためとか、成果を出すためとか、いろいろお話ししてきました。ここからお話しするのは、その中の具体例の1つとなります。親が、メトロノームみたいに、勉強のリズムを作るだけなのです。勉強をそばで見ている親は、勉強を教えません。その代わり、子供が問題を解く様子を見守りながら、リズムをつくって、今まで出したことのない、最高タイムをたたき出させるのです。

 例えば、計算問題なら、目標タイムを決めてやります。その時間を達成するため、1問解き終わったあとにすぐに「ハイ、次!」とかけ声をかけます。たった、それだけです。

 このことは、「ドラゴン桜」でも紹介されていますね。主人公の桜木先生は、受験生の親代わりになっています。お父さん先生・お母さん先生と同じように、実は自分では教えていません。それぞれの教科のエキスパートを使っています。そして、それぞれの担当教師は何かを解説しているのではなく、単に「コーチング」をしているだけです。これはこうだ、ああだ、と教えません。やり方を身につけさせています。こういうふうに、覚えるのですと紹介しただけです。覚えるべき内容は、どんな教科書・問題集・参考書にだって、書いてあるのですから!問題は、それをどうやって合理的に覚えるか、ということです。そして、その覚える方法が、独りだとなかなか辛い。だから切磋琢磨しあう仲間だと、かかれています。それが塾・予備校なんですね。家庭教師の限界点は、そこにあるわけです。模擬試験を利用するのは、バーチャルな仲間・ライバルを作ることにあるわけです。

 さて、「やり方」が、ある程度身につけてきたら、自分たちで訓練させています。そして成果判定をするのがコーチの仕事。つまり、ここで「お父さん先生・お母さん先生」の出番であるわけです。(ドラゴン桜は東大受験を中心にかかれていますから、中学受験の対策とは違います。でも参考になるところはあります。)

 さて、なぜ、教えずにコーチに徹するのか。それは、とても簡単な理由によります。子供は1問解くごとに一息つきたがります。1問終わってその次の問題にいくまでにちょっとした間があく。声には出さないけれど、「え〜と、よっこいしょ」てな具合です。簡単に言えば、怠惰であることが、子供の性質なのです。まず、この「よっこらしょ」という時間が無駄です。たいした時間じゃないと思った方は受験において、既に『負け』です。受験は時間との戦いであることは、昔からわかっていることです。自分のペースでやればできるとは、逆立ちしてもいえません。やった問題はキチンとできている子供でも、制限時間内に半分も終わっていなければ、受験は失敗します。当然のことです。  さらにいうと、たいていの場合、子供自身が「ロスタイムをしている」ということに気づかず、時間短縮なんてこれ以上無理なんて思っています。これが更に状況を悪化させています。

 そこを、そばにいる親が「ハイ、次!」というかけ声をかけることで、気を抜かせずに、すぐに次の問題にとりかからせる。そして、「よし、ハイ、次!」とやる。こうやって、親はキッチンタイマーとにらめっこしながら、目標タイムをクリアさせるワケです。子供からすると、急かされている感じがするため、抵抗することもありますが、まずは好タイムをはじき出すことを優先します。「お〜、スゴイじゃん!」と言って、好タイムを褒めちぎれば、「なかなか、やるでしょ」とばかりに得意気になってきます。別に、大きな声である必要はありません。そばで、小さくかけ声を掛けるだけです。えっ?うるさいって言われそう!?それは、やり方次第ですね。本当に、かけ声により最高タイムをたたき出すようになれば、子供は嫌がったりはしません。中3でさえも喜んでやります。(経験談)

 ただし、かけ声をかけることで、タイムを遅くする場合があります。これは、注意しておいてください。それは、親が解くことです。親が主人公になってしまうこと。簡単に言えば、「それ、違うよ!」なんて指摘は答え合わせまで我慢だ、ということです。コーチが得意げになって、子供の上に立ってしまったら、子供は意気消沈するに決まっています。タイムアタックなど、やる気も起きません。

 タイムアタックは、計算に限ったことではありません。時間を決めてやる暗記や文章問題でも同じこと。漢字でも音読でも利用可能です。文章題を子供がチンタラ読んでいるようだったら、「ハイ、次!」や「どんどん次にいく!」といったかけ声をかけてやります。1分でも15分でも、基準時間をきちんとこなす。

 感覚というのは磨き上げるものです。訓練するものです。言語の「感覚」も無意識のうちにできあがるものではありません。小さい頃から積み上げてきたものがあるからこそ、「あれ?」と思えるわけです。1年程度の現地校経験で「なんとなく、これだと思う」などということは、ありえません。逆に言えば、こうして訓練していくと、体内時計が正確になっていきます。それこそ「感覚」で、だいたいの時間が計れてしまう。人間タイマーになれてしまうわけです。これは受験では大きな武器になります。

 この方法は過去、キッチンタイマー勉強法としてご紹介しています。(私の授業では、しょっちゅうピピピピピ。。。とやっていますからね)すでに似たようなことをしていたにもかかわらず、成果がでない方は、時間設定や問題選択について間違っているハズですから、いろいろと変えてみることをオススメします。

 うがった言い方をしますが、受験を考える・帰国を考えるという場合、成績向上を念頭においた場合、職業としてやっている塾講師と同じことをするといった、負け試合は最初からしないことです。親は、親にしかできないことをすべきです!

 『親は、メトロノームになる』

 ご家庭で、すぐにチャレンジしてみて下さい!

 

 

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